今回は、三上ちさこさんというシンガーを紹介させてください。彼女がfra-foaというロックバンドのヴォーカルとしてメジャーデビューしたのが2000年のこと。しかし、2枚のアルバムを残して2003年にバンドは活動休止。2004年にソロデビューを果たすも、こちらも2枚のアルバムをリリースした後にメジャーレーベルを離れ、その後、僕のもとには音沙汰が伝わってくることはありませんでした。

僕は2000年の頃、デビューした時のfra-foaというバンドが鳴らしていた濁流のような轟音と、生命力をそのままぶつけるような三上ちさこさんの歌声に、すごく可能性を感じていて。だから、その後の展開には、口惜しい思いも正直ありました。でも、言ってみれば、よくあること。成功者なんて一握り。華々しいスポットライトを目指して自分の世界を貫こうとした人が、簡単ではない現実を目の前に、進むべき道を変えて歩み始めるなんてことは、音楽に限らず、そこら中にある話。

でも、だからこそ、彼女が7年ぶりの音源『tribute to…』をリリースしたという話を知ったときに、なんだか、すごく嬉しかったんです。彼女が諦めていなかったことが。歌い続けていた、ということが。というわけで、ニュースサイトでリリースを知って、AmazonでCDを買って、本人に直接インタヴューをオファーして、そうして実現したのが、この取材です。

ただ、もし僕にも歌がうたえるなら まだ生きてる事が許されるなら
僕は 僕のために 命を削って 燃やすよ
誰かの心に 一瞬でも 響いたなら
僕は この世界に 生まれて来て よかったんだね。

これは、『tribute to…』に収録されている、fra-foaの代表曲“澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。”の歌詞。12年前とまったく同じ歌詞の言葉が、今ではまったく違う意味と、圧倒的に強い説得力とリアリティを持って響いているのが、何より印象的でした。そして、久しぶりにお会いした三上ちさこさんは、相変わらず、心地いい風に吹かれている姿が似合う人でした。

(取材・文=柴那典 構成=秋摩竜太郎 撮影=平沼久奈)

 

 

 

 

――まず、新しくリリースされた『tribute to…』の話から訊きたいんですけれども。今はどこのレーベルにも所属していないし、これはほんとに自主制作の音源なんですよね?

そうですね。一度、完全に自分で全部やってみたいなと思って。CDがどういう人たちの手によってどういう形で作られているのかっていうのを今まで全然知らないでやってたし、ちゃんと知りたいなと思って。で、全部自分でやってみようと思って、スタジオを探して、予約して、ミュージシャンに頼んで、リハやってレコーディングやって。

――基本的に全部の段取りをDIYでやった?

そうですね。ミキシングまではやりました。

――じゃあ、これは振り返った話というか、昔話になっちゃうかもしれないですけど、ほんとにこんな感じで取材させていただくのはfra-foaとしてお会いしたのは2002年頃以来なので、かつての話もさせてください。あのときの自分って、今振り返ってどう思います? 10年前の自分。

とにかくひたすら自分の中っていうものに興味があって。自分の中を深く深く探っていこうとしていたし、人との繋がりっていうのもあんまりどうでもよかった(笑)。とにかく自分っていうものにすごく興味があって。孤独を含め。孤独な場所で人と繋がってるっていうとこに意味があるみたいな。

――だから、音としてあれだけの爆音を求めていた感じだった?

でも、それは今も変わってないですね。

――うん、変わってない。あれって、どういうところが出発点だったと思います?

何だろうな。ちっちゃい頃から結構母親に感情的に、一方的に言われると、シャットダウンしてしまう癖があって。音として、言葉の意味を捉えずに音として流すみたいなのを身につけちゃってて。でも、多分フラストレーションっていうのはすごく溜まってて。歪んでることが嫌いで、その頃はすごく母親の言うことに対して歪んでるものを感じて。もっとまっすぐに、もっとオープンな考え方はできないのかなって思ってそれを流してたんだけど、やっぱり溜まっていくものがあって。それを多分吐き出して叩きつけてたんだと思うんですけど。

――なるほど。

普段ぶつけられる人だったら別に必要ないんだけど、私みたいな性格は結構面と向かってケンカすることが嫌いで。どっちかっていうと、自分の考えを整理した上で相手の気持ちを知って理解したいっていう方向に頭が動くから。あんまり自分の思ってることを相手にストレートに言わないし、相手を責めたりもしないし。でも、多分溜まってるものっていうのはあって。変に頭がよくなっちゃってる分っていうか、頭で考えようとしちゃう分、ストレートに本能的に言えない部分があって。でも、多分内側の根本的なところはものすごいプリミティブでものすごい本能的だから、それを出せる場所っていうところだったかな。

――要は、音楽は自分にとって嘘をつかずにいられる場所だったということ?

うん。でも、それも段々やり続けてたら、仕事としてやってると、観に来てくれるお客さんがいて、この日にこういうツアーが決まっててってなると、それがなくても吐き出さなきゃみたくなってくるじゃないですか。だから、最初は嘘のない場所をって求めてたはずが、これ嘘じゃんっていう、嘘を捻出して吐き出してる場所みたいな感じになってきちゃって。

――やっぱり自分にだって感情の波はあるし、ごきげんなときもしんどいときもある。でも曲の感情に自分を合わせていかなきゃいけない。「これって何のためにやってるんだろう」みたいな?

fra-foaのときはほんと特にイメージっていうところで縛りがすごくあって。ふざけた曲とか出せなかったし、結構ボツになったし(笑)。でも、私自身はすごく欲張りで、すっごい適当な部分もあるし、めちゃくちゃ軽いところもあるし、おもしろいところもあるし、楽しいもの、おいしいもの、おもしろいもの大好きだし、超ガハガハ笑うし。色んな感情を全部出したいって思ってるから。

――多分それが開放的な表現になったのがソロデビューの頃だったんですよね?

そうですね。そうかもしれないですね。

――だって結構ガラッとイメージ変わったと思うんですよ。しかも結構ポップだったし、陽気だった感じがする。っていうのは、そういう自分もいますよっていう。

楽になりたかったんですよね。より自然な姿になりたくて。リスナーのイメージの中で生きてる私から自分を自由に解放してあげたかったっていうか。

――2005年からは音源のリリースもなかったわけですけど、メジャーレーベルから離れた時にはどういうことを考えました?

まあ何だろうな、流れですね。

――音楽をやめようとは思わなかった?

うん。その瞬間やりたいことをやってたいって思うから。今日身につけてるアクセサリーも全部自分で作ったんですけど、そういう風に、そのときに縁があったりとか、興味があることをやってきていて。とにかくハッピーに過ごしたいんですよね。音楽やってる方がそれを強く感じるからやってるだけで、何でもいいんですけど(笑)。まあ一番それを濃く感じられるのが今のところ音楽だから音楽やってるんですね。

 

――そもそも、音源っていうこと自体7年ぶりなわけじゃないですか? リリースをしようっていう風に思ったきっかけはありました?

すごく仲の良い友達がいて。その子とつるんで遊びながら作品を作ったり、いろんなことを一緒にやってたんです。このジャケットの写真も、私がフェリーで歌を歌っているときにその子が一緒に乗り込んできて、機材も全部その子が持ってきて部屋をライティングして遊びながら撮った写真で。で、去年の5月くらいに、その子から「ガンのステージ4だった」っていう電話がかかってきたんです。それで、一緒に生きた証を残したいって思ったのもありますね。あとは、震災が3月にあって。その直後からずっと4曲目に収録されている”wallless”っていう曲が頭の中で流れてて。洗い物をしてるときとか洗濯物を干してるときとかいっも流れてて。ああ、何だろうなって思って。

――そうだったんですね。

原発が爆発したときも、官僚の人は嘘はついていないのかもしれないけどちゃんと言わないじゃないですか。今は影響がないとか。ほんとに純粋に、100%その気持ちから言ってるならいいんだけど、何か違う目論見があって国民のマインドをコントロールしてるような感じがして。自分の身内が、自分の孫とか自分の子供がそこにいてもほんとに移住させないでそこの食べ物を食べさせるのかなってちょっと思って。自分とか自分の周りの大事な人たち以外は人間じゃないって思ってるような気がどっかでして。ほんとに相手を自分と同じ人間だと思うっていうことが今1人1人に必要なんじゃないかって思って。で、”wallless”っていう曲はそういうメッセージが込められてて。元々浮かんでたイメージは中東の戦争とかだったんですけど。

――この曲を書いたのは震災前だった?

はい。相手も同じ人間なんだっていうことを1人1人が気づけば世の中は変わるんじゃないかなと思ってそういう曲を書いてて。で、日本でもそういう動きがあったりして、それがすごいシンクロして。この曲を最後に入れた音源を出したいなと思ったのがきっかけです。

――他の曲も震災前から生まれてきた曲だった?

そうですね。1曲目の“アザミノ(痣身の唄)”は元々震災前に、仙台のどっかの企業から「CMソング作らない?」って言われてて。それで、公園で仲間はずれにされてた男の子が途方にくれてて、ふっと見たら、そこにサッカー選手がすっごいひたむきに、ひたすら一生懸命練習していて。その姿を見て自分も駆け出してくっていうイメージの曲を作って。CMに起用されるかもしれなかったんですけど、震災でそれどころじゃなくなって。この曲は、死ぬまで諦めなきゃいいんだみたいな、そう思ってること自体がその人を輝かせると思って1曲目に持ってきて。

 

――三上ちさこさんは確か仙台のご出身ですよね。で、これは僕の感想なんですが、”澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。”っていうfra-foa時代にやってた曲の再録があって。この曲って、もちろん歌詞も変わってないし、アレンジも基本的には変わってないと思うんですけど、意味が全然違うと思うんです。要は20代前半で歌っているこの曲の意味と、そこから12年経って、いろいろな世の中の変化があって、で、これをもう一度歌った時の、歌詞から届くものが全然違う。僕としてはよりリアルに聴こえました。

ほんとに、誰も3月10日には明日死ぬなんて思ってなかったんですよ。でも、死んだんですよね。2万人の人が。自分も明日死ぬかもしれないって思ったし。そう考えるとほんとに今やっとかないと、楽しまないと、次はないわって思って。だから、そのときにやりたいって思ったことはそのときにやろうって思ってる。より今この瞬間っていうのを強く鋭く感じてレコーディングしたと思う。

――だから、どの曲も色んな歌詞の書き方だけれども、基本同じテーマですよね。生きているその瞬間を無駄にするなというようなことを歌っていて。で、おそらくこれは形にしないとダメだ、自分が全部やるからっていう直感があって音源を出したということだったのかな、と。

とにかく自分の手を汚して自分で土を触って、その感触を知りたいって思って。ジャケットは神田サオリさんっていう踊りながら絵を描く人なんですけど、その方に描いていただいたり、デザインも江種鹿乃子さんっていう仙台のデザイナーの人にやってもらったりして。ほんとに1つ1つみんな魂込めてやってくれて。丁寧に愛情を持って。それがほんとにありがたいなって思ったし、そのありがたさをビンビンに感じられるのがすごくありがたいって思ったし。

――それは自分でやったからこその感覚?

やっぱトイズ時代は全部任せてたから、感じられてなかった感覚。自分でやったときに、ものすごく感謝ができるようになって。みんな幸せになりたいって思ってるじゃないですか? それって小難しいことでもなんでもなくて、要は人と関わること。で、その関わった人を大事にすることで、幸せってお互いの中に泉みたいに湧き出てくるものだなって。そんな風に日常のレベルでも今は思ってるし。まあ子供がいるってことがやっぱり大きいんですけど。子供がいるとやっぱり自分のことをしたいと思ったときに誰かに何か頼まないとできないじゃないですか。で、人と関わるっていうところで、関わったときにその人がしてくれたことに対して感謝する、お礼の気持ちを表す。そのやり取りの中に幸せってあると思ったし。幸せは自分自身で培っていくものだけれども、人がいないとできないことで。

――そうやって自分で人と関わって、人任せにしないでやると色んなことが見えてくる。

ほんとその通りですね。CDを売ったのも最初自分でやってて。通信販売限定で、欲しい人はメール下さいって言って、直接欲しいって言ってる人とやりとりをして。ここに振り込んだら連絡下さいって言って、自分で梱包をして、出しに行ってっていうやりとりをして。それで出会った出会いもあるし、そのやりとりでやっぱり励まされてる、エネルギー貰ってる自分がいたし。そこですよねやっぱり。自分でやることの大事さっていうのは、自分が生きてる幸せを感じるきっかけになる、っていうところにあるのかなって思った。日常を幸せにするために必要なのは「想像する力」で、うちらはそれを広げるお手伝いをしているのかなって、そんなことを思いました。

 

 

 

 

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4曲入りミニアルバム『tribute to…』は http://www.mikamichisako.com/index.html もしくはAmazonで発売中です。

海風に吹かれながらの夏らしい撮影も楽しく行われました。三上さんありがとうございました!

 

 

しば・とものり●1976年神奈川県生まれ。 音楽ライター/編集者。京都大学卒業後、99年株式会社ロッキング・オン入社。『ROCKIN’ ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’on』の編集に携わる。04年、ライター/編集者として独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。現在の主な執筆媒体は『MUSICA』、『papyrus』、『MARQUEE』、『ナタリー』、『nexus』、『CINRA』、『CDジャーナル』、『サイゾー』、『Lismo(music)』など。Blog:http://shiba710.blog34.fc2.com/ Twitter: @shiba710