現実主義者とロマンチスト。
 
一見すると別物の、このふたつ。
 
私にはコインの裏と表みたいに、ふたつでひとつに思えるのです。
 
たとえば仕事終わりに大好きなバンドのライヴがあったとして。
それを思いっきり楽しむためには、まずは仕事をちゃんと片付けなきゃならない。
そんな日は、17時まで現実主義者をやってから、全力でロマンチストに変身する。
 
だから会社の人には「まじめな人」なんて言われても、音楽好きな友達にとっては、ただの夢見る妄想家。それはギャップだとか二面性だとか、そういう大袈裟な話じゃなくて。楽しいことを楽しむためには、やらなきゃいけないことがあって。やるべきことをちゃんとやれば、楽しい事が待っているというシンプルな話だと思う。
 
だから大事なのは、このふたつのバランスをとること。
どちらかに盲目すぎても、上手くいかない。そんなことを今更ながら、痛感する日々です。
 
話は変わりますが、先月取材のために3日間ほど名古屋に行ってきました。名古屋を訪れるのは、今回で4度目。おかげさまで新幹線を降りてから栄に行く地下鉄にも、迷わず乗れるようになりました。親戚が居るわけでもないし、暮らしたことがあるわけでもない。でも私にとっては、会いたい人がたくさん居る街なのです。
 
皆様、「しゃちほこロック」という名古屋発のウェブサイトをご存知でしょうか。名古屋にゆかりのあるアーティストの紹介や名古屋で行われる公演を取り扱う音楽情報サイトです。神奈川県民でありながら、このサイトのメンバーとして活動を始めて来月で2年。同じバンドが好きで、同じ年齢で、同じく働きながら音楽ライターを志している女の子が誘ってくれたのが始まりでした。
 
そして今回登場していただくのは、私が「しゃちほこロック」の活動を通して出会った、バンド33 Insanity’s Vertebraのヴォーカル、ノゾミさん。モデル兼、ロックンローラーという異色の経歴を持つ彼女が、夢と現実を語ってくれました。
 
 
 
■「現実主義者はロックンロールの夢を見るか」― ノゾミ(33 Insanity’s Vertebra)


 
 
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33 Insanity’s Vertebraは2012年に名古屋でノゾミとギターの五島義久を中心に結成されたロックンロールバンド。現在はベースの古田誠也と、サポートドラマーを加えた4人編成で名古屋・東京を中心にライヴ活動を行っています。五島の作るオーセンティックで洒脱なロックサウンドと、恋する女心からダークファンタジーまでを表現するノゾミの歌詞。そしてキャッチーなメロディーで形作る耽美的な楽曲と独自の世界観を確立したライヴがバンドの魅力です。少女漫画の『NANA』を彷彿とさせる革ジャン姿からセクシーなドレスまでを幅広く着こなし、キュートな声色とシャウトを使い分けて熱唱するノゾミのパフォーマンスは圧巻!
 
彼らは今、新しいアルバムの制作に取り組んでいます。いち早くその詳細を、と名古屋で彼女と話をしてきました。バンドを始めた経緯などを伺う中で浮き彫りになったのは、とても堅実な人柄。アルバムについては今後改めて「しゃちほこロック」にて紹介することにして。ここでは“安定した生活”が目標だった超現実主義者の10代の少女が、ロマンチックな歌を歌うロックンローラーになるまでのエピソードを紹介したいと思います。

 
――33 Insanity’s Vertebraを結成する前は、モデルとして活動されていたんですよね?
 
「はい。歯科助手をしていたころに、美容師に“モデルをやってみないか”と誘われたんです。」
 
――歯科助手をしていたんですか!?意外です。
 
「そうなんです。私、中高生のときは“安定した生活を送る”っていうのが目標で。音楽や映画は好きだったけど、表に立つのは無理だから、せめて気兼ねなく映画をいっぱい見たり、CDを買ったりできるように、自立して生活を送りたいと思っていたんです。」
 
――それじゃあ、モデルやミュージシャンになろうとは全く思っていなかったということ?
 
「はい。本当は目立ちたがり屋という性格はあるけど、恥ずかしいし。そんなこと自分には絶対できないって思っていたので。」
 
――33 Insanity’s Vertebraのヴォーカリストとして、ゴージャスな衣装とばっちりメイクでステージに立つノゾミさんからは全く想像できないのですが…。
 
「学芸会とかでも前に出る役をやってみたいけど“やりたいです!”っていうのが恥ずかしくて、3、4番目に目立つ役をやっているタイプでした。でもやるときはその中でも一番目立つように、すごく頑張るんですけどね。」
 
――なるほど。やっぱり表現すること自体は好きだった、ということですよね。
 
「そうですね。でも中学校のころは新聞に入ってくる家電の広告を見て“一人暮らしセットって20万くらいするのね…”とか研究するのが日課で(笑)。すぐ就職したいからって、高校も商業高校に入りました。それで卒業後すぐに歯医者さんに就職したんですよね。」
 
――モデルをやらないかと誘われた時は、どんな気持ちでしたか?
 
「最初は“え?”って思ったんですけど、興味はあった。やっぱり自己表現っていうものをやってみたかったんですよね。それで歯医者の先生に“多分正社員じゃ有り得ない髪型になるけど、やりたい。やらせてくれないか”って頼んだんです。そうしたら先生が“いいよ”って言ってくれて。結局、半分坊主の真っ赤なパーマみたいな感じのすごい頭になったんですけど(笑)。」
 
――あははは(笑)でもその経験があって自己表現の面白さに目覚めたんですよね?
 
「はい。それでモデルとして活動を始めたんです。でもやっぱり音楽が好きだから、バンドがやりたい。だけど周りにそういう音楽を聴く人がいないし、探す術もわからない。それでまずはちゃんと事務所に入りたいなと思ったんです。」
 
――なるほど。就職の件もそうですけど、ノゾミさんってすごく現実的に物事を考える人ですよね。歌詞だけを見ると、まるでティム・バートンの世界みたいに、突飛だし、ファンタジックだから、もっとこう…ぶっとんだ方かと思っていました。
 
「(笑)。ティム・バートンみたいって嬉しい。歌詞は自分の見た夢がモチーフになっていることもあるから、そういう印象なのかもしれないです。あと、現実逃避してるのかも。現実を見れば見るほど、妄想が膨らんでいくんですよね。」
 
――現実をどうにか生き抜く為にする妄想って、ありますよね…。
 
「それで、歯医者さんの仕事を正社員からアルバイトに切り替えてもらってモデル事務所に入るんですけど、名古屋のモデルの需要がゆるふわのコンサバ系なんですよね。私は、こんな見た目だから…。」
 
――確かにノゾミさんのパンキッシュな美しさは、コンサバとは対極ですよね。
 
「モデルで成功したら好きなことをやれるから、頑張ってそっちになろうと思ったんですけど、やっぱりなれなくて。それでモデルからの逃げもあったと思うんですけど、バンドがやりたいなと思ってメンバーを探し始めました。」
 
――メンバー探しの一環で行った無料体験のギターレッスンで、ギターの五島さんと出会ったんですよね?
 
「はい。ゴッシーが先生でした。当時私はもう20代だったので、その歳から始めるなら急激なステップアップが必要で。だからプロに近い人たちとやりたいと思ってギターを弾ける人がいそうなところに行ったんです。」
 
――やっぱりすごく現実的に考えて行動していますよね。
 
「私は就職をしてモデルを始めたり、バンドを始めるには回り道をしてしまっていたので。」
 
――だから、最短コースを取る必要があったわけですね。
 
「はい。だから共通の知り合いがいたこともあってゴッシーと組めたのは良かったな、と。」
 
――そうですね。ノゾミさんのイメージを五島さんが音楽として整えていく、という33 Insanity’s Vertebraの作曲スタイルも二人の感覚が合うからこそできることだと思いますし。
 
「確かに。結局私は未だにギターも弾けないから、“こういう雰囲気の曲にしたい!”ってメロディーだけ作って歌ってみて、それをゴッシーが苦労してまとめるっていう(笑)。」
 
――本当に、名コンビだと思います。
 
「似てるんですよ、性格が。だから嫌いだったりもしますけど(笑)。」
 
――バンドを結成して今年で4年目。今やすっかり表現をする側になったご自身をどう感じますか?
 
「うーん…。今更普通の生活に戻るのが怖い。」
 
――怖い?
 
「就職したら、日々の生活がルーティーン化すると思うんです。そうすると今の歓声や感覚が死んでいく気がして。」
 
――とはいえ、ノゾミさんって、お金とか人生観とかが現実的な人じゃないですか。そのリアルな肌感覚で、たとえば3年後くらいに、どんなスタンスで自己表現と向き合っていこうと思ってるんですか?
 
「やっぱりできれば音楽をやっていたい。音楽をやっている時間が長くなればなるほど嬉しいですね。モデルも好きだから、ファッションとか、そういうことにも関わっていたい。」
 
――なるほど。音楽、モデル活動と並行して、別のお仕事をされていた時期もあったんですよね?パワーバランスってどんな風に調整していたんですか?
 
「お金を稼ぐこと自体は好きなので、朝から夜中まで働いていて。夜のバイトがないときはバンドの予定を全部ぶちこむ、という生活をしばらく送っていたんです。そうしたら3回くらい派手に体調崩しちゃって。これはいかん!と思って生活を改めました。」
 
――そうなんですね。
 
「それで、一回休んでみたら精神的に余裕が生まれて芸術的なものを見る欲がどんどん沸いてきたんです。忙しすぎて体が疲れると精神もシャットアウトされちゃうんですよね。」
 
――ああ、これ本当に身につまされる話です(苦笑)。
 
「仕事バンド仕事バンド…ってなっていた時は“なんでバンドやってるんだろう”、ってなってしまって。精神状態をある程度保つための自分の時間をつくるのってすごく大事な事なんだな、と思いましたね。」
 
――はい。おっしゃる通りです…。
 
「私は別にロックだけがやりたいわけじゃないし、もし将来的にもっと自分に余裕が出て、もっと色々できるようになったら、一人でも何かに挑戦してみたいな、という気持ちはあります。」
 
――以前、33 Insanity’s Vertebra企画でバンドとモデル活動を絡めたクロスカルチャー的なイベントをされていましたよね。
 
「はい。それはまたやりたいですね。でもなかなか良いアイディアが沸いてこないし…一人では絶対にできないことだから、色んなジャンルでウマが合う表現者をどれだけ集められるか。そこが一番大事かな。」
 
――まだやりたいこと、たくさんありますね。
 
「うん。そうですね。実現していきたいですね。」
 

 
33 Insanity’s Vertebra
http://www.33ivuk.com/
 
 

 

 
 
■end “ROCK’N” roll vol.6 ― フラワーカンパニーズ「深夜高速」


 

 
名古屋といえば、やはりフラカン!と、いうことで、今月のテーマはフラワーカンパニーズ不朽の名曲「深夜高速」。〈生きててよかった/そんな夜を探してる〉と、歌う鈴木圭介の声に歓喜の色はない。まるで生き延びてしまったことへのバツの悪さと、それに安堵した自分に気づいた時に、ふいに口をついて出た台詞みたいに聴こえる。だから、この曲を聴くといつも泣きたくなって、それから笑ってしまいたくなる。先日また、バンド解散の報せが届いた。4月に登場してくれたジャンプ ザ ライツからだった。誰の戦いにも終わりはある。私がこうして何かを書くことも、永遠にできるわけじゃない。だけど、こうして書く場があって応援してくれる人たちも居るうちは、まだもう少し、戦わせてもらいます。そしきっと原稿が無事に公開されるたびに思うはず。〈生きててよかった〉と。
 
 
 
 
 


 
①photo by Airi Okonogiイシハラマイ●会社員兼音楽ライター。「音小屋」卒。鹿野淳氏、柴那典氏に師事。守りたいのはロックンロールとロン毛。名古屋では去年に引き続きサカスプの実況ツイートをしてました。名古屋のピアノバンドQaijffのレポートも担当しました。そしてお馴染みのThe Cheserasera。アルバムとツアーへの想いを語ってくれた全員インタビュー初のワンマンツアー千秋楽のレポートをぜひごらんください!