11月は、モラトリアムが溢れている。
そして、ロックンロールはあたたかなハグであり、鎧である。
秋は、終わってしまった夏であり、忍び寄る冬へ身構える季節。9月はまだ、夏の気分が抜けなくて。10月になると、やっと買った秋物の服が着られるようになり、少しだけ浮ついた気持ちになる。そして、11月。もちろん、夏の残り香はもう跡形もうなくて。それどころか、どんどん風が乾いて、10月には存在していた暖か味みたいなものも、殆どなくなってくる。そうなると秋はもう、完全に冬までのモラトリアムと化するのです。
この季節、私をセンチメンタルな気分にさせて仕方のないアイテムがあります。それは、「手帳」。この手帳の発売が、どうも年々早くなっているような気がしているのです。10代の頃、翌年の手帳が売り出されるのは、確か毎年10月で。あちこちの文具店にずらりと並んだ色とりどりの中から、ひと月かけてお気に入りを探すのが楽しみでした。そして11月になると、古い手帳から、予定や色々なメモを書きうつして、12月から新しい手帳を使えるように整える。それが年越し前の、密やかな儀式。でも、最近では9月にはもう、新しい手帳が店頭に並ぶ様になって。その光栄を見ると、どうしても眉間に皺が寄ってしまう。たったひと月の差だけれど、残り3ヵ月分のページを残した手帳をお払い箱にするのは躊躇われるし、「はやく来年の事を考えなさい」と迫られているようで、ちょっとした反感を覚えてしまう。生き急ぐこのご時世は、甘やかなモラトリアムなんて、どうやら許してくれないみたいです。
少し話が逸れるけれど、私は手帳というアイテムを、生活の標本の様に思っています。私の好きな本に、小川洋子の『薬指の標本』という作品があって。勤めていたサイダー工場で薬指を怪我した女性が、そこを辞め、「標本室」なる怪しげな場所で働くようになるという、ちょっと不思議なお話。標本室にいるのは「標本師」の男性たった一人。彼は依頼人から持ち込まれたあらゆるものを標本にして、保管する。飼っていた文鳥の骨から、楽譜に書かれた音楽、そして顔の火傷の痕まで、その内容は多岐に渡る。依頼人は思い入れのあるものを標本にしてもらい、そこに預けることにより、救いを得る。そして依頼人のほとんどは預けた標本の様子を見に来ることはないという。手帳を替えることもきっと、これに近い感覚があるのだと思う。替えたからといって、すぐに古い手帳を捨てる人は私も含め、多分少ないと思う。でも、読み返したりするのかと言われれば、答えはノーだ。引き継ぐべきものを引き継いで、表紙を閉じ、本棚にしまう。そうすることで、新しい始まりを得ることができるのだと思う。11月はそういう密やかな時間のために、費やされるものであって欲しいのです。
11月というモラトリアムも、標本も、結局はこの知辛くも愛着のある日々を過ごしていく為の存在なのだと思う。今回は、そんな11月にうってつけの新譜を2枚、紹介したいと思います。1枚は、以前この連載でも紹介したバンドThe Cheseraseraのアルバム『YES』。そしてもう1枚はa flood of circleのシングル『花』。この2枚はどちらも、自らの歩んできた過去と真っ向から向き合い、その上でしかと未来を見据えた作品。バンドのキャラクターも、訴え方も、全く違う。それでも愛すべきこの2バンドが同じ月に、同じメッセ―ジのCDを出す。この事態を勝手に運命と位置付けて、今回は『YES』と『花』を語りたいと思います。
■The Cheserasera『YES』
8月に紹介したThe Cheseraseraの新しいミニアルバム。
実は先日、このアルバムについて宍戸 翼(Gt/Vo.)にインタビューする機会があり、その関係でこの作品を一足早く聴かせてもらった。今年1月に発売された前作『WHATEVER WILL BE, WILL BE』は、冷えた空気に鋭い音が凛と鳴る、まさに真冬のアルバムだった。対して今作『YES』は、全体を通して、穏やかなあたたかさに包まれた作品となっている。
今までのThe Cheseraseraの楽曲は、どちらかと言えば「焦燥感」や「熱」という言葉の方が似合うイメージ。もちろん、今作でもその要素が消えてしまったわけではない。だけど、何かもっと……そう、例えるならばあたたかな抱擁。すべてを受け入れてくれるような、懐の深さが増した気がした。それもその筈、『YES』というタイトルに込められたのは、「どんなものも受け入れて肯定していきたい」というメッセージなのだ。
これは彼らなりの、不屈の、覚悟の意思表示なのだと思う。だって、「どんなことも受け入れる」、なんてことが、無傷で出来るわけがない。しかもそれらと向き合い、肯定するというなら、なおさら。どうしようもない過去も、不器用ながらも前を向こうとする今も、赤裸々なまでに歌うことで、彼らは新しい一歩を踏み出した。その姿はもしかしたら、ちょっとカッコ悪いかもしれないし、情けないかもしれない。
The Cheseraseraは無敵のヒーローとは程遠い。でも大きな怪獣は倒せない代わりに、道端に転がるやるせない思いなら、残さず拾い上げられる。だから、どうしようもなくなった時は再生ボタンを押して『YES』を聴く。そうしたらきっと、その時側にあって欲しい言葉と音楽が流れてくる筈。
■a flood of circle『花』
CDは全4曲ながらも、このご時世にシングルとして打ち出してきた、その心意気を買って、ここでは「花」という表題曲に焦点をあてて語りたいと思う。
a flood of circle、というバンドの話をすると、「昔ギターが失踪したバンドでしょ?」「またメンバー変わったんだって?」ふた言目には必ず、こんな言葉が返ってくる。幾度もの、メンバーチェンジ。これは、紛れもない事実であり、彼らについて何かを語る上では、欠かせない歴史であることには違いない。現在a flood of circleは正式ギタリストの座を再び空席とし、オリジナルメンバーである佐々木亮介(Vo,Gt)、渡邊一丘(Dr)と、2010に加入したHISAYO(Ba)の3人で活動している。
そんな、いわば満身創痍で転がり続けてきた彼らも、来年結成10周年を迎える。その前祝として、発売されるのが『花』であり、佐々木亮介の29年と9年のバンドヒストリーを総括した、ケジメの1曲となっている。躓きながらも、泥に塗れながらも歩き続ける佐々木の姿が描かれる「花」のミュージックビデオ。画面には佐々木直筆の歌詞が、映画の字幕の様に映し出される。吐き捨てる時は乱れ、強く訴える時はまっすぐな彼の文字が、あまりにも美しい。
在りし日を、思い出だと微笑むことができる人には、もしかしたらロックンロールは必要ないのかもしれない。でも、過去をカサブタにして、それを何度も剥がして、古傷にして、今の今まで生きてきた人にとっては、ロックンロールだけが鎧であり、シェルターだ。少なくとも、私はそうだった。くたばっては蘇り、「GO」のサインを自らに出し続けてきた彼ら。「花」は、a flood of circleというバンドとその歴史、そんな彼らのロックンロールを戦友として戦ってきた全ての人々への、餞の1曲となったのではないだろうか。2016年、来たるアニバーサリーイヤーに、彼らがどんな景色を見せてくれるのか、考えただけでも泣きそうになる。
イシハラマイ●会社員兼音楽ライター。『MUSICA』鹿野淳主宰「音小屋」卒。鹿野氏、柴那典氏に師事。11月は今回取り上げた2作品の他にも、中田裕二氏のアルバム『LIBERTY』、THE BACKHORNのアルバム『運命開花』も発売。なんて私得なラインナップなのでしょう。嗚呼もう、幸せです。The Cheserasera宍戸さんのインタビューも近日公開になる予定。お楽しみに。
第9回「ロックンロール対談:イシイマコト(ARIZONA)×村上達郎(Outside dandy)×恵守佑太(The Doggy Paddle)」
第8回「ケレンロックのすゝめ」
第7回「男心と、曇り空」
第6回「The cold tommy『FLASHBACK BUG』インタビュー」
第5回「平成の流し、世にはばかる」
第4回「ロックンロールの神様に踊らされて」
第3回「愛しき遠吠えのロックンロール」
第2回「The cold tommy解体新書的インタビュー」
第1回「やめられないから愛してる」