産後初めて、地元福岡に帰っている。
1週間以上のあいだ帰省すること自体が久しぶり。さらに夏に生まれたばかりの息子を連れての帰省なので、新鮮を通り越して浮遊感がある。自分が自分の人生の中のどの時代にいるのかわからなくなるような。
祖父母の家に行くと、「『りぼん』とか『なかよし』を買ってもらいに行ける!」という幼い日の感覚がよみがえってくる。祖父母はもうとっくにいないのに。
もちろん『りぼん』や『なかよし』が今も読みたいわけではないし、かといって代わりに今の自分がよく読む雑誌とか小説を買ってもらいに行くわけでもない。ただそのときの非日常のときめきのエッセンスだけが、今も効いている。
祖父はよく「さかえ屋」のお菓子を買ってくれた。
東京にはない「さかえ屋」には和菓子も洋菓子もあって、「みつまめどらやき」や「なんばん往来」が定番だった。
「なんばん往来」はアーモンド粉の生地の中にベリーのジャムが入ったお菓子で、このお菓子を知らない東京の人に食べさせると大抵ハマる。そんな再発見もあって、ここのお菓子を食べることが帰省の楽しみにもなっている。
東京での普段の生活では、何もない日にケーキ屋さんでケーキを買うなんて贅沢はしないけど、こうやって久しぶりに家族が集まるときは、心おきなくケーキを選べる。
ショウウィンドゥを見ているだけで幸せで、いざ色とりどりのケーキを前にすると、どれでもよくなってしまう。
甘いものを昔ほどは食べられなくなったなぁ、と思う。見ているだけでおなかいっぱいだなんて、若くなくなったなぁと。まぁ、スイーツならいくらでも食べられた学生の頃が異常だったんだけど。
それでもスイーツは食べたい。スイーツ、とくに滅多に買わないスイーツを買って、写真を撮ってヴィジュアルを愛で、味を覚えておく、という体験そのものが愛おしいような気がする。
中3のころ初めて本格的なダイエットをした。
食べても食べても太らなかった、というか体重や体型を気にしたことがなかった小学校時代の惰性が抜けず、エンドレスに食べ続けたら、それなりにファッションや美容に興味を持ちはじめた中2の頃には顔がパンパンだった。いわゆる肥満体型ってほどではなくて平均くらいなのだけど、LIZ LISAを試着したら入らなくて愕然とした。そして体重という基準で比べたことがなかったモデルさんや学校のかわいい子と自分との差を、初めて意識した。そんな人生最大体重(妊娠中を除く)の頃……
甘いものと間食をやめ、玄米中心の粗食を腹八分・三食にした。母はもともとヘルシーな食事が好きなので、ダイエットに協力してメニューを考えてくれた。面倒なだけだった自転車通学や体育の授業にも、貴重な運動プログラムとしてだんだんやりがいを感じはじめてきた。
停滞期に気持ちが荒んだり、イライラして八つ当たりしたり、カロリー表示に過敏になったりすることもあったものの、半年で健康的に8キロくらい落ちた。人生初の快挙だった。
ダイエットをしたら、食べ物に対する執着がすごくなった。そして今までいかに食べ物に対して愛がなかったかということに気がついた。
そんな、「この世には素敵な食べ物がこんなに溢れているんだ!」という私の熱意の方向性は、食べ物の“ヴィジュアル面”に向かったのだった。
まるでエア・バイキング。雑誌やチラシやカタログに載っている食べ物の写真に惹かれ、味を想像しながら、いつまでも見ている。食べた気になる。キャッチコピーやキャプションを、無意識で暗記するまで読む。切り抜いてコラージュする。絵を描くときのモチーフにする。ハーゲンダッツのパッケージを洗って取っておく……
スイーツ柄の服や、スイーツデコや、食品サンプルや、Tommy february6の歌詞とMVがいつまでも好きなのも、その延長だと思う。
福岡にはなかったおいしいものがいっぱいある東京で、それほどダイエットも気にしていない生活になっても、そのときの癖は、宿命のようにしみついている。
ホテルのデザートビュッフェにいつでも行けるくらいの余裕があったり、いくら食べても太らない体型だったりしたら、こんなにスイーツにときめきはしないんだろうなと思う。
「女はマカロンとパフェが好き!」みたいな表面的な現象にみえて、それは根深い業みたいなものなんだろう。
だからいくつになってもケーキ屋さんに入るとテンションが上がるのだ。
つかの間の帰省のあと、東京に戻っても、そのときめきができるだけ長持ちするといい。
大石蘭●1990年生まれ。東京大学教養学部卒、東京大学大学院修了。雑誌やWebなどで、同世代女子の思想を表現するイラストやエッセイを執筆。著書に、自身の東大受験を描いたコミックエッセイ『妄想娘、東大をめざす』(幻冬舎)、共著に『女子校育ちはなおらない』(KADOKAWAメディアファクトリー)。(photo=加藤アラタ)
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