切羽詰まってくると音楽を聴く余裕を失ってしまうけど、
切羽詰まった時こそNO MUSIC, NO LIFEなのだ。
分かっていたはずなのに! と何度も自分に言い聞かせる日々。
小学校を卒業する時にCDコンポを買ってもらってから、部屋で過ごす時間に音楽が添えられ、
中学2年のクリスマスにMDウォークマンをもらってから、街の景色に音楽が加わった。
学校に行きたくないなぁと思いながら、未来の自分に思いを馳せて自転車を漕ぎ出した朝は、フジファブリックの「虹」を流した。
部活もやめて習い事もやめて成績も上がらなくて自分には何もないと途方に暮れた時期は、BUMP OF CHICKENの“藤くん”の声が進路指導だった。
そして椎名林檎が女性としての憧れの存在で、共感するというより、生きていればこんなに素敵なものが見られるんだ! という希望だった。
このあいだ、ヤンキーしかいない近所のお好み焼き屋さんにふらっと入ったら、BGMがASIAN KUNG-FU GENERATIONの「君の街まで」やBUMPの「sailing day」や「才悩人応援歌」や、ひりひりする懐メロの連続。
思わず口ずさんでいると、別のテーブルでヤンキーたちも「なつかし〜」と盛り上がっていて、心の中で「同志だ」とつぶやいた。
アジカンもBUMPも今も活躍しているアーティストだから、フリッパーズ・ギターみたいに伝説にはなっていないけど、私たちにとっては、あの時代はもう戻ってこない。
親や先生以外の誰かに導かれて自分の道を進みたい気持ちと、まっすぐで青い正直な歌が交差した時代だった。
iPhoneで音楽をダウンロードする習慣がつかなくて、音楽を聴く機会が減ってしまった気がする。
高校生の頃は、音楽を聴くことなしに試験を受けに行くなんて考えられなかった。
引っ越しの荷造り作業が大詰めで、部屋に足の踏み場もない時に、椎名林檎の「罪と罰」を聴くとか。
満員電車の優先席に、ゲームしてるおじさんしかいなくてどうしようもなくイライラする時、東京事変の「喧嘩上等」を聴くとか。
それだけで景色は変わるのに、結局なんとなく無音で過ごしてしまうのは……大事なことをサボってる気がする。
でもやっぱり、CDからiPhoneに完全移行はできない。
引っ越しを控えて一世一代の断捨離をしながら、それこそ12年来くらいのCDの山を見て一瞬心が揺らいだけれど、全部持ってきた。
いつか自分の子どもが10歳くらいになった時、ふとこのCDの山を見つけてほしい。
そして盤面がかっこいいとかそういう理由でなんとなく聴いた時、重なるはずのないその子の青春と私の青春が重なるんだ。
大石蘭●1990年生まれ。東京大学教養学部卒、東京大学大学院修士課程。雑誌やWebなどで、同世代女子の思想を表現するイラストやエッセイを執筆。著書に、自身の東大受験を描いたコミックエッセイ『妄想娘、東大をめざす』(幻冬舎)、共著に『女子校育ちはなおらない』(KADOKAWAメディアファクトリー)。(photo=加藤アラタ)
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