音楽をたくさん聴くようになったのは、高校生になってからでした。
先輩たちの影響でHi-STANDARDやGOING STEADYに夢中になったり、
中学校の終わりからじわじわとBUMP OF CHICKENやSyrup 16gが染み込んで染み込んで中毒みたいになって、
授業中にこそこそと先生からバレない工夫をしながらイヤホンを片っぽの耳につっこんで聴き狂ったり、
部活後の暗い夜道を帰るときに矢井田瞳さんの『Candlize』(2001年10月発売)というアルバムを聴きながら、
感情込めて熱唱するあまり泣きながら自転車を走らせたり
(※音楽を聴きながら自転車に乗っていけません、まじで危ないです!!!)、
部活で唯一の同級生だった相方とふたりでこそこそと部活をさぼってゆずのライブに行ったり……
(後輩のみなさま時効だよね☆)、
音楽が大好きでした。
大好きなバンドと、それからまた新しい音楽を知るために、ラジオも沢山聴いていました。
欠かさず聴いていたとあるバンドの番組が深夜3時頃からだったので、
ほとんど起きていられないからコンポで録音をセットして、翌朝の通学途中に聴いていたのですが、
ある日、なんとなくいつも余裕を持ってセットする時間よりもさらに長めの時間で録っていて、
お目当てのあとの番組も録音されていたんです。
そこで出会ったのが、THE YOUTHでした。
オンエアされた曲は「我が子へと」で、
2002年10月に発売されたメジャーデビューマキシシングル『青春時代』に収録されている名曲です。
記憶が定かではありませんが、制服も冬服に衣替した頃のことだったと思います。
チャリンコを必死で漕ぐ私の耳元で、DJが曲を紹介したあとにそっと鳴り出すアルペジオ、
そこに乗る、静かだけど心の奥にゆらめく炎がみえそうなくらい熱がこもった、少ししゃがれた歌声。
<風が雪かぶる 寒い冬の道路 我が子を抱いて歩く街路樹の横>
冒頭の歌詞を耳で追いながら頭の中に景色を描いてゆきました。
鼻が痛くなるほど鋭く冷たい空気、ひと呼吸して肺の中が洗われる感覚、
親のぬくもりに護られていた記憶
(曲のなかでもまた、自分が子どもの頃に母の背で子守唄を聴いたというような描写があります)。
親としての決意のようなもの、いつか大人になった子どもへの手紙、自分自身の両親の記憶、
そして一生消えることのない子どもへの熱い熱い愛情。
自転車を漕ぎながら、私は「この熱を決して忘れないでいたい」と確かに思い、
その後しばらくの間、
この曲だけ(しかもラジオ番組から曲だけカットした音源)を繰り返し繰り返し聴いていました。
私の人生の中で、きっと初めて“愛情”っていうことを心に刻み込んだ、大事な1曲です。
THE YOUTHは2002年にデビューした仙台の拠点に活動するバンドで、
今ではメンバー全員が揃う機会が少ないながら、年に4回ほど地元・仙台で自主企画を開催しているそうです。
ちなみにギターの三井律郎さんはおなじみLOST IN TIMEでもギターを弾かれています。
ボーカルの中村マサトシさんはソロでアクティブに活動していて、
つい先日も、震災後から書きためたという楽曲が詰まった3枚目のソロアルバム『やさしいうた』をリリースし、
日本中をツアーで回っていらっしゃいました。
実は、小田和奏さんがドンのライブバー・Crossingでもコンスタントに出演されているんですよ!!
気づくのがだいぶ遅かったんですけどね……(遠い目)。
そんなわけで、9月と10月にCrossingでの公演を含め合計3回も!! 中村さんのソロを拝見しました。
(11/15もCrossingに出演されます!)
9/14の、大崎・カモメカフェのソロワンマンライブで、リクエストコーナーがあったんですが、
普段だったら絶対に発言しないシャイガール日本代表の私……、
やっぱり聴きたくて、聴きたくてたまらなくて…、だから「我が子へと」をリクエストしました。
中村さんご自身、すごく久しぶりだと仰っていましたが、本当に素晴らしかったです(号泣)。
原曲って、静かな冬の感じがひしひしと漂い、空気にも言葉にも重みがあって、
男気溢れる、激渋なイメージなのです。
ところが、どうでしょう。10数年の月日が立った今……。
もちろん弾き語りだからバンドの時とは拍の取り方がなど色々変わってくるのでしょうけれど、
刻むリズムがどことなく軽快で、元のイメージが眉間にしわを寄せて口を真一文字にしたようであったのなら、
今は決して軽くなったわけではないけど言葉に余裕が感じられ、中村さんは笑顔で歌っていました。
目をつぶっていても、笑顔ってわかる声です。
月日ってすごい!月日ってすごい!
同じ曲なのに、当たり前だけれど、作った人の中で流れ経た時間でこんなにも変化するんだ、と、感激しました。
ちなみにこの曲、中村さんのご長男が誕生したときに作ったそうです。
そして今では5人のお子さんが居るロックバンド界でも有数のスーパー父ちゃん!
(こんな父ちゃんうらやまし過ぎるだろう……)
ところで今、私の周りの大切な人たちの間に、子どもがたくさん生まれています。
まだまだ生まれていきます。瑞々しい命、子どものはち切れそうなほっぺたには、
ただただ未来だけが詰め込まれています。
あのいつまでも触っていたい魔法みたいな弾力は、彼らの前に無限に広がる輝く未来の証です。
本当に心からそう思います。だからそれを奪うようなことは、絶対にあってはいけない。
子どもの仕事はまっすぐ素直にめいっぱい生きてゆくこと。
大人の仕事もまっすぐめいっぱい生きてゆくこと、そして子どもの未来を守ること。
これも、絶対のことだ、と。
おっと、熱くなってまいりました。
何が言いたかったかというとですな。
作った当初、若干18歳だった中村青年、そしてTHE YOUTHの面々が奏でる「我が子へと」という曲を、
子どもがいるみなさん、今から子どもが生まれるみなさん、
そしてすべての大人のみなさん、あなたがたに、私が勝手に捧げます。
さて、「我が子へと」1曲だけでここまで書き狂ってしまったので、
中村さんのソロのことにまったく触れることが出来ませんでした……。
来月もCrossingに出演されるので、聴いて欲しい、心からそう思います。
あのね、なかなか居ないです、彼のようなボーカリスト。
何がっていうと、男気の溢れっぷりが半端じゃない(本日2回目)!
そして、歌ううたが、すごくやさしいのです。
かっこいいってどんなことでしょうか。
上っ面だけキメてる人なんて、すぐ崩れますよね。
愛情云々歌っていたって、すぐわかりますよ。
でもね……私は女ですけど、中村さんは男女ともに惚れるタイプの男だと思います。
損はさせません、私が保証します。言葉とか想いとかそういうものが本気かどうかっていうのは、
お互い無意識の部分の触れ合いだから、ハッキリ言って嘘がつけないじゃないですか。
中村さんの歌は、本物です、あれは絶対の絶対に本物です。
2011年の東日本大震災発生直後、彼ら自身が被災者でありながら、すぐさま書き下ろした曲です。
同年3/25のラジオ番組の生放送で初オンエア、
その後は被災地に足を運び、歌い続け、この年から中村さんのソロ活動が本格的に始動したそうです。
THE YOUTHが2012年2月にリリースしたマキシシングル『シンクロニシティ』にも収録されています。
本文では触れていませんが、せっかくなので紹介させてください。
凄くストレートで、飾ってないからこそ、ブレズに伝わってくるものがあります。
静かに、でも確かに、勇気が生まれてくる曲です。
私は11月も聴きにゆきます。
ちなみに、中村さんはLOST IN TIMEの最新アルバム『LIFE IS WONDER』に
収録されている「五月の桜」を海北さんと共作されているんですが、
中村さんたちにとっての地元・仙台のことを歌っています。
中村さんもソロのときに歌うことがあるのですが、
いつか海北さんとふたりで歌って欲しいな〜なんて思ったりなんかしています。
さてさて、さりげなくしれーっと2ヶ月もお休みをいただいているうちに季節も変わってしまいました。
ごぶさたしておりました、私はお元気です。
いとう・さわこ●1984年うまれ。都内で働くOLです。来年も開催されるであろうTHE YOUTHの定期ライブには絶対行く所存です。私、牛タン苦手だったんですけど、つい3年くらい前に仙台に訪れたときに、意を決して食べてみたんですよ。口コミで調べまくって決めたお店では、一人だったからカウンター席だったのですが、大将がめっちゃいい方で、東京から来たって言ったら「都会の人がわざわざ仙台なんか来るなんて奇特だ」っつってめっちゃちやほやしてくれたことが良い思い出です。もちろん、美味しかったギュウ!