■「自分らしさは、身に着けることができる」ということ
それは、今年3月に行われた、きゃりーぱみゅぱみゅのワンマンツアー「100%KPP WORLD TOUR 2013」、ZEPP TOKYOでのこと。
ライヴが終わって混み合う物販エリアで、一人の女の子が、親と一緒にファンクラブの入会申込み列に並んでいた。たぶんまだ小学生か中学生くらいかな。耳飾りをつけて、目をキラキラと輝かせて。興奮の余韻がまだ残っているような笑顔。ふと、その子と目があった。
ほんの一瞬だったけど、その時、どうして自分がきゃりーぱみゅぱみゅという人に惹かれているのか、わかった気がした。独自のファッションセンスとか、「原宿カワイイ」カルチャーのアイコンだとか、中田ヤスタカのサウンドとか、ポップで覚えやすいメロディとか、海外のファンが熱狂してることとか、きゃりーぱみゅぱみゅの人気を説明する言葉は沢山ある。でも、その女の子が憧れて、虜になったのは、きっとそんな外側からの解説で語れるような理由じゃないと思う。そうじゃなく、歌の中にあるメッセージの核の部分、人そのものが体現している魅力が、その子にはちゃんと届いているような気がした。
それは何か。
一言で無理やり言い表すなら、「自分らしさは、身に着けることができる」ということだと、僕は思う。
自分らしさというのは、誰かに押しつけられるものじゃない。逆に、就活生の自己分析みたいに、頭をひねって考えたり、どこかを旅して探し求めるようなものでもない。そうじゃなくて、自分のお気に入りのモノを見つけて、自分が楽しいと思うことをどんどんやって、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとちゃんと正直に言葉にする、そんな当たり前の繰り返しを経て身に着けることができる、ということ。だから誰でも、ワクワクすることとか、ドキドキすることの先で、それを手にすることができる、ということ。きゃりーぱみゅぱみゅという人は、基本的にそういうことを歌っている。
彼女自身のアーティストとしてのあり方も、そのことと繋がっている。
きゃりーぱみゅぱみゅの周囲には中田ヤスタカや増田セバスチャンのような一流のクリエイターが集まっているのだけれど、決して彼女は「誰かにプロデュースされるポップアイコン」ではない。普段から彼女自身がチームの中心になってアイディアを出している。制作風景と海外ツアーに密着した「情熱大陸」の放映をきっかけにそれを知った人も多いと思う。そのことについては、彼女自身も語っている。
たぶん「情熱大陸」がオンエアされるまで、みんな私はけっこうあやつり人形みたいな人だと思ってたんですよね(笑)。「きゃりーぱみゅぱみゅ像」を裏で大人たちが作ってて、完全にプロデュースされたものを20歳の女の子がやってると思われることは、すごく多いです。まあ、全部が全部、自分でやってるわけではないし、周りの人に助けられながらですけど、ちゃんとね、こう、自分の力でやっとるのにって思います。
『Quick Japan』 vol.107 きゃりーぱみゅぱみゅインタビューより
■NYのマイノリティから見たきゃりーぱみゅぱみゅ
中学生の頃は引っ込み思案で人前で話すのが苦手だったという一人の女の子。その子は、原宿の街に出会ったことをきっかけに、自分自身で「きゃりーぱみゅぱみゅであること」を選びとった。そうして世界が変わった。
彼女の曲には、そのことを背景にしたメッセージが、いろんなところで現れている。
もしもあの街のどこかで チャンスがつかみたいのなら
まだ泣くのには早いよね ただ前に進むしかないわいやいや
“PON PON PON”
さみしい顔をした小さなおとこのこ
変身ベルトを身に着けて笑顔に変わるかな
おんなのこにもある 付けるタイプの魔法だよ
自信を身に着けて 見える世界も変わるかな
“つけまつける”
おもしろいって いいたいのに へんなことって つまらないでしょ
おなじになって いい子でなんて いたくないって キミもそうでしょ
だれかの ルールに しばられたくはないの
わがまま ドキドキ このままでいたい
“ファッションモンスター”
かわいいだけじゃ 退屈で
あたらしいだけでも もの足りないでしょ
冗談半分に聞こえるような
割とぜんぜん 真剣な話
100%のじぶんを じぶんらしいと言えるようになーる からー
(“100%のじぶんに”)
カラフルに彩られた歌詞の世界は、大人の視点で見ると、ファンタジックで戯画的で「カワイイ」ものに見えるかもしれない。でも、もし自分が子供だったら、10代だったら、これらの歌詞は、真っ直ぐに刺さるし、すごく自分を勇気づけてくれるものとして届くんじゃないかと思う。
そして、そのメッセージは海外のファンにも、ちゃんと同じように届いていた。
NHKで放映された番組『きゃりーぱみゅぱみゅセンセーション!~世界が興奮・ワールドツアー密着ドキュメント~』内で、きゃりーの曲でフラッシュモブをしようと集まったニューヨークのファンのグループに取材していた。そこでファンの人が語っていたことが、すごく印象的だった。
「きゃりーは人と違うことを恐れず、自分のスタイルを貫いているから人気があると思います。私はそんなきゃりーに憧れています」
こう語っていたのは、フラッシュモブを計画したNY在住の20歳大学生、シャリーファ・フットマンさん。日本カルチャーに憧れ、少女マンガをコレクションしている黒人女性。おそらく普段の生活や友達付き合いにおいては、かなりのマイノリティであることを自覚しているんだと思う。あまり自分の好みを主張する機会もないのだと思う。そういう同世代に、きゃりーの歌が刺さっている。きゃりー自身も、そういう沢山の声を受け止めている。
ファンの方も、みんながみんな派手って訳じゃなくて、おじさんもいるし、すっごい地味な子とかもいて。前にそういう女の子に「私のことを何で知ったんですか?」って直接聞いてみたんですよ。そしたら「きゃりーちゃんは、自分にはできないことをやってくれてるからすごく好きで憧れてる」って言ってたんです。たぶんそういう感じで、おじさんとか、OKとか、サラリーマンとかにも、自分がやってみたいけどできないことを観たいという感覚の人がいると思います。
『Quick Japan』Vol.107 インタビューより
“インベーダーインベーダー”の「そんなに言うなら おっしゃ Let’s世界征服」という一節は、そういう憧れを引き受ける意思を象徴しているように思うのだ。2ndアルバム『なんだこれくしょん』も、そういうアルバムになっている予感がする。
■サカナクションときゃりーぱみゅぱみゅ
で、実は、ここまでつらつら書いてきたようなことを掘り下げて考えるきっかけになったのは、「100%KPP WORLD TOUR 2013」の帰り道に呟いた、このツイートがきっかけだった。
考えたら、きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」〜「ファッションモンスター」と、サカナクションの「アイデンティティ」〜「ミュージック」って、同じテーマにまったく真逆の立ち位置からアプローチしてる感じがするな。こんど掘り下げて考えよう。
— 柴那典(@shiba710) 2013年3月25日
きゃりーぱみゅぱみゅと同じく、サカナクションも、繰り返し自分らしさについて歌ってきたバンドだ。そういう意味では、同じテーマにアプローチしているアーティストであるとも言える。特にそのことを象徴している曲が「アイデンティティ」。
好きな服はなんですか?好きな本は?好きな食べ物は何?
そう そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ
映し鏡 ショーウインドー 隣の人と自分を見比べる
そう それが真っ当と思い込んで生きてた
取りこぼした十代の思い出とかを掘り起こして気づいた
これが純粋な自分らしさと気づいた
“アイデンティティ”
最新アルバム『sakanaction』のリードトラックとなった“ミュージック”にも、それに通じるモチーフが見え隠れする。
痛みや傷や嘘に慣れた僕らの言葉は
疲れた川面 浮かび流れ
君が住む街で
消えた
“ミュージック”
でも、サカナクションときゃりーぱみゅぱみゅは、アイデンティティを再獲得するための方法について、全く真逆の立ち位置からアプローチしている。
対象的なのが、「服」とか「装う」ということへの捉え方。
“アイデンティティ”は〈好きな服はなんですか?〉と始まり、〈そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ〉と歌う曲。“ミュージック”でも〈濡れたままの髪で僕は眠りたい 脱ぎ捨てられた服〉という歌詞がある。「服」という言葉は、内面にある本当の自分を覆い隠すものの象徴として描かれている。何かを装うことをやめて、深く自分と向き合うことが自分らしさを再獲得するためのキーになる。
一方、真逆のアプローチなのが、きゃりーぱみゅぱみゅ。“ファッションモンスター”では〈このせまいこころの檻もこわして自由になりたいの〉と歌われる。むしろ内面性は自分自身を抑えつけるものとして描かれる。“つけまつける”は〈付けるタイプの魔法だよ〉と歌う曲。「装う」ことで人は変われるし、視点を変えれば世界は変わる。自分らしさに〈付けるタイプの魔法〉をかけることができる、というのがきゃりーのスタンスだ。
もちろん、どっちが正しくて、どっちが間違っているというわけじゃない。でも、この二組のアーティストが、それぞれ全く別なアプローチから同じテーマについて歌っているということ自体、すごく興味深いと思うのだ。
「人と違うことを恐れず、自分のスタイルを貫いている」
考えてみたら、このことも両者に共通すること。きゃりーぱみゅぱみゅもサカナクションも、沢山のマイノリティたちを勇気づける音楽なんだと、個人的には思う。そういうところが僕は好きだったりする。
しば・とものり●1976年神奈川県生まれ。 音楽ライター/編集者。京都大学卒業後、99年株式会社ロッキング・オン入社。『ROCKIN’ ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’on』の編集に携わる。04年、ライター/編集者として独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。現在の主な執筆媒体は『MUSICA』、『papyrus』、『MARQUEE』、『ナタリー』、『nexus』、『CINRA』、『CDジャーナル』、『サイゾー』、『Lismo(music)』など。Blog:http://shiba710.blog34.fc2.com/ Twitter: @shiba710