はい、そんな訳で始まりましたGAL Radio。ここは友人とカフェで会話するように音楽の魅力についてお話する場所です。
連載の最終回に相応しい曲は歓びの歌かなと思い、2025年1月19日でリリースから20周年を迎えるYUKIさんの代表曲「JOY」についてお話します。
YUKIさんの音楽の素晴らしさはこの連載でも何度もお話してきましたが、この曲と出会い、僕の人生を支えてくれたことへの感謝を込めてお届けします。今回のテーマは「NO MUSIC, NO LIFE」です。
まずはじめに、敬意を込めてクレジットを
YUKI「JOY」
作詞:YUKI/蔦谷好位置
作曲:蔦谷好位置
Sound Produced by 田中ユウスケ、玉井健二
Arranged & Programming by 田中ユウスケ・湯浅篤
Dr 佐野康夫
Gt 藤井謙二
Recorded & Mixed by 甲斐俊郎
運命は必然という偶然で出来てる
SPACE SHOWER TV MVA’06 MUSIC VIDEO OF THE YEAR(日本最大級音楽専門チャンネルから、その年に最も輝いたMVに贈られる年間大賞)を受賞。MVの衣装やボブカットが印象的なヘアメイク、CDジャケットのアートワークなど、ファッションアイコンとしてもYUKIさんがソロとして再度ブレイクした映像、ビジュアル的にも高い評価を受けたその年を代表する作品です。
そして、作曲を担当した音楽プロデューサー・蔦谷好位置さんとYUKIさんとの出会いの曲でもあります。おふたりが出会っていなければ、蔦谷さんが携わった多くの名曲、名作もなかったかもしれない訳ですから、蔦谷さんが一躍脚光を浴びるきっかけとなったこの曲がその後の日本の音楽シーンへ与えた影響は計り知れません。音楽を深く愛するお二人がこの曲で出会ったことは必然という偶然ではないでしょうか。
発明的サウンド
「JOY」は音楽的にもシンプルさの中に様々な仕掛けや緻密な美しさが溢れている曲です。
軽快なリズムのダンスナンバーですが、ライブでは何度聴いても涙が込み上げてきます。明るいのに切ないんです。一部を除き、同じコード進行のループと、印象的なシンセサイザーやコーラスのリフが繰り返されます。明るい響きと切ない響きが混ざったコードと楽器の音色によってイェス、ノーどちらでもないと歌う歌詞のような特有の不思議な浮遊感を演出しています。
冒頭にクレジットを掲載した理由は、敬意を込める意味ともう一つ、この曲をはじめとしたYUKIさんの楽曲の魅力である、打ち込みとバンドサウンドの融合にございます。
ドラムとギターは凄腕ミュージシャンの方が演奏していますが、それ以外の音色はプログラミングといって、PCや鍵盤などの機材で打ち込まれたデジタルサウンドで鳴らされています。これは珍しいことでは無いですし、厳密に言えば打ち込みも人が入力しているのですが、YUKIさんのソロの音楽の醍醐味がこの「融合」にあると思っています。
JUDY AND MARYではほぼ打ち込みを使わずにバンドの音を中心とした楽曲制作をしてきました。ソロの楽曲はドラム、ベース、エレキギターのバンドサウンドに加え、アコースティックギター、ピアノ、オルガン、ストリングスやホーンなど多彩な楽器による有機的なアレンジ、そして「JOY」の時期から打ち込みのデジタルサウンドがミックスされた楽曲に挑戦していらっしゃいます。
バンドと打ち込みの絶妙なバランスこそ、人間らしい情熱とどこか切ない宇宙的なひんやりとした空間を感じさせるソロシンガー・YUKIとしての音楽的世界観を新たに確立した曲と言えます。
発明的歌詞
素敵なPOPソングには「既存の価値観を一瞬で変える」効果があると信じています。たった一音で自分の世界を変えてしまうような、
たった一行の歌詞が自分になかった発想をくれたり、背中を押してくれたり。
この曲にはYUKIさん哲学が詰まっていると言っても過言ではありません。
歌詞を読んでいきましょう。
いつも口からでまかせばっかり喋ってる
でまかせばっかりと言いながらも、普遍的なメッセージが多く詰まった曲です。これから言うことはでまかせだよ、と前置きをすることが、逆説的な意味をもたらし、本当はでたらめなんかじゃないと説得力を増幅させているように思います。
このような矛盾から始まるのはこの曲が矛盾を抱えて生きることを歌っているからだと仮定してみます。
イェス、ノー どちらでもないこともあるでしょう
白か黒では判断できないグレーな部分、感情のグラデーションこそが人間の魅力で、肯定か、否定か、賛成か反対かではなく「新しい何かに気付く」ように、今ある当たり前や常識と思われている判断軸ではない、自分だけの軸を持っていくことも大切だ、とも捉えられるYUKIさんらしい軽やかなアンチテーゼを感じます。
この曲が持つ、切ないけど愛おしさが込み上げるような不思議なサウンドもこの言葉を音で表現している気がします。
いつも
イェス、ノー
いつだって
いつか
と、「い」という口角が上がる口の開き方をする母音が頭に置かれているのも、笑顔を促されている気すらしてきます。
誰かを愛すことなんて 本当はとても簡単だ
蔦谷さんが以前何かのインタビューで話されていました。
「僕が書いた元の歌詞では「誰かを愛すことはとても難しい」と言う意味のネガティブな歌詞を載せていたものをYUKIさんが「本当はとても簡単だ」に変えて書かれてきたことがすごく印象的だった」と。
難しく考える必要はなく、感覚に正直であることを肯定しつつ、でも2番では「誰かを愛すことなんて、時々とても困難だ」とくる。この矛盾こそがYUKIさんを信頼せざるを得ない愛しい矛盾なんです。
随分遠くまで流れ流れてせつないんです
大切な思い出さえ忘れてゆきそうです
時が経ち、いつか忘れてしまいそうになる悲しさを表したフレーズです。全てが思い通りにはいかないものですが、流れに身を任せて、望んだ未来とは別の未来に辿り着くことを受け入れる。「大きな何かに動かされている」と歌う「歓びの種」にも通じる概念で、人は生かされており、抗えないことを受け入れることで自分を許すことに辿り着く、とも思えてきます。
確かな君
“だから”確かな君に会いたい。「確かな君」を“素直な君”と言い換えると、それは自分以外の大切な誰かを指すようで、もう一人の自分に対して歌っているようでもあります。
愛することは簡単と歌う自分と、困難であると感じる瞬間のポジティブとネガティブの両方を抱えながら人は生きていて、光と影とは矛盾もなくそこに存在しているということかもしれません。(MVに出てくる黒い衣装のダンサーたちは自分の影のメタファーで、ネガティブな自分も引き連れて踊ること、YUKIさんの髪色が明るめと暗めを左右で分けたツートンカラーなのもポジとネガを表現されているのかもしれないと解釈しました。)
樫の木が揺れる日は すぐに思い出してね。私を。
この私とは、他の誰かが私を思い出して欲しいとも取れるし、確かな君=自分とすると、私自身が私を思い出すとも取れます。確かな君って、素直な私でもある?
となると、確かな君=本当の私を思い出す。歓びとは何かを思い出すとき、素直な自分が現れ、確かな存在として生命を実感するのかもしれません。
いつまで経ってもわかんない 約束だって破りたい
誰かを愛すことなんて 時々とても困難だ
ただポジティブを肯定するではなく、心の弱い部分さえも抱えたまま踊る。
簡単だと思っていたことが難しく感じてしまう時もある。だとしても、だからこそ、そんな時の呪文は歓びとは何かを思い出すことであると。
YUKIさんは自分にかけた「呪い」を「JOY」という呪文に変えたんです。この呪いについては下記も併せてお読み頂けると幸いです。
連載◆高橋圭「Ginger Ale Lover’s Radio」第57回「YUKI 『concert tour “SOUNDS OF TWENTY”』ライブレポート」
歓びは能動的にやってくる
死ぬまでドキドキしたいわ 死ぬまでワクワクしたいわ
ドキドキ、ワクワクという擬音が胸の鼓動の高鳴りや心が揺れ動くことを表しているとすると、この曲が放つ強い生命力のようなエネルギーは「生を肯定する」ことを歌っているからなのではないかと感じております。
2nd Single「プリズム」にも〈高鳴るは、胸の鼓動〉という歌詞がございます。
YUKIさんが大切にするテーマのひとつに鼓動という言葉があるのかもしれません。
ドキドキ、ワクワクしたいと歌った後、言葉にならない歌声で終わるのは、YUKIさんにとって鼓動が高鳴ることは歌を歌うことで、言葉や理屈を超えて歌う行為そのものが「JOY」なんだと! そんなメッセージに思えました。今回のテーマ「NO MUSIC, NO LIFE」です。
「自分の機嫌は自分で取る」とよくおっしゃられているYUKIさん。どんな時でも歓びを感じる心を持つことで生きている時間はとても豊かなものになる、そう思わせてくれるスタンスこそ、僕は発明だと思います。
この連載も今回が最終回、まだお話したいことがあるのを口実にして、またどこかでお会いできることを楽しみにしてお別れです。
そろそろカフェを出て、好きなミュージシャンのライブにでも行きましょうか。
最後までお読み頂きありがとうございました!
p.s.この場をお借りして、ほぼ毎回締め切りを過ぎてからの提出にも関わらず素敵にレイアウト編集してくださったさわこさん、そしてこの連載に携わって下さった全ての方、大変お世話になりました。何より、名もないミュージシャンだった僕をこの連載に誘ってくれた音楽ライター、YUMECO RECORDS主宰・上野三樹さん、本当にありがとうございました。三樹さんのおかげで音楽を愛してきてよかった、音楽に少し愛されたかもしれないと思える6年間でした。これからも音楽を愛していきます。拾ってくれてありがとうございます。
●お知らせ
エナさんの新曲「世界でたったひとつ」を共同プロデュースしました。
よろしくお願いします。
高橋圭(たかはし けい)●作詞・作編曲・演奏家 1988年5月3日生まれ。2011年よりgood sleepsの作曲、ギターとして活動開始、2016年活動休止。現在は演奏から録音、ミックス・マスタリングまでを自身で手掛けるスタイルでソロ活動中。楽曲はApple Music、Spotifyなどで配信中。レコーディングなどお仕事依頼はTwitter DMからお待ちしております。
Twitter:@zazamino
イラスト:matsun
「Ginger Ale Lover’s Radio」ここまでの道のり
第1回「はじめましてのご挨拶(自己紹介)」
第2回「Guitar~ダサい僕が手にした最高の相棒~なんでこんな邦題足したの? っていうB級洋画の和訳タイトルみたいなダサさ(ギター愛を語る回)」
第3回「真夏の特大号 想像力(YUKI『チャイム』レビュー、久しぶりのライブ、真夏のドライブプレイリスト)」
第4回「バンドは生き物、刺身はナマモノ。(赤い公園特集)」
第5回「Mr.Children(メジャーセブンス、センス、スタンスとバランス)」
第6回「Mr.Children 『重力と呼吸』アルバムレビュー」
第7回「ミスチル、YUKIライブレポート特集」
第8回「新春新曲祭」
第9回「レコーディングオタク」
第10回「YUKI 『forme』アルバムレビュー」
第11回「音楽で逢いましょう」
第12回「good sleeps Album『SIGNAL』セルフライナーノーツ」
第13回「雨ソング特集」
第14回「Live DVD &Blu-ray『Mr.Children 『Tour 2018-19 重力と呼吸』ディスクレビュー」
第15回「BUMP OF CHICKEN NEW ALBUM『aurora arc』アルバムレビュー。何故彼らは宇宙を歌うのか」
第16回「竹内まりや「カムフラージュ」から学ぶ切なさ講座」
第17回「新曲発表のコーナー『ねぇ、できちゃった』完結編!」
第18回「YUKI『聞き間違い』から学ぶ “ きっと大丈夫 ” 講座」
第19回「何故私たちはクリスマスソングを作り、聴くのか」
第20回「TRICERATOPSから学ぶリフで踊ろう! 講座」
第21回「3ヶ月連続企画! 第1弾 Chara +YUKI『楽しい蹴伸び』から学ぶ無意識の美しさ」
第22回「3ヶ月連続企画! 第2弾「Chara +YUKI 『echo』全曲レビュ ー」
第23回マイフェイバリットエモーショナルソング 10選」
第24回「和田唱(TRICERATOPS)『ALBUM.』から学ぶ笑顔の大切さ講座」
第25回「『ねぇ、できちゃった』のコーナー夏の特別編! 新曲「ひまわり」セルフライナーノーツ」
第26回「ニッポンの偉大なギター名盤10選」
第27回「夏とシティポップ」
第28回「初秋にこそ聴いて欲しい、サザンオールスターズ『真夏の果実』の魅力」
第29回「温かみ、手触りを感じる名作 Yuzukana 『ZUSHIKI』制作秘話!」
第30回「Mr.Children『Brand new planet』レビュー」
第31回「Mr.Children NEW ALBUM『SOUNDTRACKS』レビュー 〜人との出会いと音楽の化学反応〜」
第32回「TRICERATOPS トリビュート盤レビュー&ライブレポート!」
第33回「写真家・薮田修身 展覧会『THERE WILL BE NO MIRACLES HERE』レポート」
第34回「新企画!『YUMECO RECORDSのテーマソングを作ろう』始動!!」
第35回「YUKI『Baby it’s you』が示す、君と私の世界が愛と音楽に満ちている理由」
第36回「YUKI NEW ALBUM 『Terminal』レビュー」
第37回「ホタルライトヒルズバンドNEW ALBUM『SING A LONG』レビュー」
第38回「東京スカパラダイスオーケストラ 『TOUR2021 Togeter Again!』ツアーファイナルライブレポート」
第39回「新しいギターを買ったよ!」
第40回「音楽と食」
第41回「NEW SINGLE『花束』が出来るまで」
第42回「和田誠展で感じた普遍的な愛」
第43回「クリスマスソングの新たな名曲! Yuzukana『POST』ライナーノーツ」
第44回「YUMECO RECORDSのテーマソングを作ろう! デモ音源フル尺完成!!」
第45回「Official髭男dism「Pretender」から学ぶロマンス論」
第46回「YUMECO RECORDS テーマソング企画 Season 2 スタート!」
第47回「音楽プロデューサー・蔦谷好位置の魅力 & 蔦谷さんクイズ優勝報告!」
第48回「TRICERATOPS NEW ALBUM『Unite / Divide』レビュー」
第49回「アートディレクター・森本千絵さんとMr.Children」
第50回「YUKI ソロデビュー20周年記念企画第1弾 私が『ビスケット』を好きな理由」
第51回「スタジオデスクをDIY!!」
第52回「妄想! 脳内夏フェス2022!」
第53回 YUKI ソロデビュー20周年特別企画第2弾 「描き続けてきた『歓びの輪』」
第54回「ドラマ『silent』と主題歌 Official髭男dism『Subtitle』が丁寧に紡ぐ音と言葉」
第55回「YUKIソロデビュー20周年記念特別企画第3弾『Oh!ベンガル・ガール』レビュー」
第56回『「YUMECO RECORDSのテーマ」リリース!』
第57回「YUKI 『concert tour “SOUNDS OF TWENTY”』ライブレポート」
第58回「YUKI NEW ALBUM『パレードが続くなら』レビュー」
第59回「音楽と共に生きていく」
第60回「Mr.Children 30th Anniversary Tour『半世紀へのエントランス』 ツアーレポート&ディスクレビュー」
第61回「5年ぶりのステージで感じたこと」
第62回「高橋圭 NEW ALBUM『landmark』セルフライナーノーツ」
第63回「YUKI 「トロイメライ」から知る『ゆるし合う』ということ」
第64回「『YUKI LIVE “little night music”』ライブレポート」
第65回「ゆず Kアリーナ横浜 こけら落とし公演初日ライブレポート」
第66回「Mr.Children NEW ALBUM『miss you』レビュー」
第67回「やさしさの天才、KANさん」
第68回『和田唱「Covers」ライブレポート』
第69回『藤井風「花」』
第70回「TOMOO『ベーコンエピ』