ロックバンド・GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポー氏(Vo.&Gt.)が初監督を務めた映画『i ai(アイアイ)』が全国で上映されている。監督の実体験をもとに作られたという本作。ノンフィクションとフィクションのあわいをゆらゆらと漂いながら、海沿いの自然豊かな街を舞台に主人公・コウの出会いと別れを通して、濃密で忘れられない数年間を描いている。

 
 
写真1-2
 
 

〈STORY〉
兵庫の明石。
期待も未来もなく、単調な日々を過ごしていた若者・コウ(富田健太郎)の前に、地元で有名なバンドマン・ヒー兄(森山未來)が現れる。強引なヒー兄のペースに巻き込まれ、ヒー兄の弟・キラ(堀家一希)とバンドを組むことになったコウは、初めてできた仲間、バンドという居場所で人生の輝きを取り戻していった。ヤクザに目をつけられても怯まず、メジャーデビュー目前、彼女のるり姉(さとうほなみ)とも幸せそうだったヒー兄。その矢先、コウにとって憧れで圧倒的存在だったヒー兄との突然の別れが訪れる。
それから数年後、バンドも放棄してサラリーマンになっていたコウの前に、ヒー兄の幻影が現れて……。
(公式HPより)


エンドロールが終わって、客電が灯った後もしばらく席を立つことができなかった。ラストシーンはきっとマヒト監督の想いの結晶なのだろう。GEZANの音楽、写真家・佐内正史さんの幻想的な映像、すべてが儚く美しかった。余韻を味わう作品なのかもしれない。また、登場人物一人ひとりが魅力的で、この人でなければ成立しなかったのではないかと唸らされた。監督によると、カリスマ性のあるヒー兄には、兵庫の海の匂いを知っている森山さんしか考えられなかったのだという。熱烈なオファーに快諾した森山さんは監督の世界観とトレードマークである“赤”を纏い、破天荒なヒー兄の生きざまを、大胆に無邪気に、そしてしなやかに体を駆使して魅せていく。コウに「これで世界が変わるんやで」とEコードを教えるシーンには、フロントマンの天才的な感性を垣間見たような気がして鳥肌が立った。コウを演じる富田さんはスクリーンからもまっすぐな性格が伝わってくる好青年。この作品は時系列に沿って撮影されたそうだが、終盤に近づくにつれてたくましく精悍になっていく姿がまぶしかった。さとうほなみさんはパンチの効いた関西弁で熱演。豊かな表情に魅了された。ドラマー(ゲスの極み乙女/ほな・いこかさん)としてもかっこいいが、個人的に今いちばん注目している俳優の一人だ。そして、スクリーンに現れるとすべてをさらっていく永山瑛太さんの凄みに心底震えた。

上映前、シネ・リーブル神戸での舞台挨拶に登壇したマヒト監督と森山さん。監督はこの日、神戸から明石、江井ヶ島などのロケ地を巡ってきたのだという。なかでも「i ai」が生まれた場所に立ったとき、この作品の意義を再確認して元気になれた、力が蘇ってきたと笑った。実はこの日の舞台挨拶は、東京、大阪、神戸に続く3日目(神戸は2日連続)。森山さんによると、前日までの監督はいろいろとお疲れで控え室では魂の抜けたぬいぐるみのようだったのだそう(笑)。生気を取り戻した監督は、森山さんの、(村上春樹さんや松本隆さんの作品にあるように)神戸は風の街、風が揺蕩う街だという話を受け、「i ai」も風が揺蕩うこととリンクしているのだと話してくれた。見えなくなったものは目の前からいなくなったんじゃなくて、ずっとそばにあるのだと。そして、この作品から感じた風を自分の風と合わせて生きてほしいと笑顔を見せた。一つひとつ言葉を選びながら、大切に伝えようとする真摯な姿に胸が熱くなる。この作品は、GEZANのメンバーも立ち上げから撮影に携わり(森山さんも早い段階から)、クラウドファンディングなどの支援を経て公開に至ったのだという。きっと監督の情熱と純粋な思いに多くの人が共鳴したのだろう。そんな現場のようすが浮かぶような、とてもあたたかい舞台挨拶だった。

 
 
写真2-2
 
 

登場人物が発する言葉はマヒト監督からのメッセージだと感じた。祈りのような作品かもしれない。何だか呼ばれたような気がして、今見るべき映画だったんだと腑に落ちた。今でもずっと余韻に浸っている。長屋が並ぶ細い路地、石畳の坂道、海の匂い、スモーキーな空のグラデーション…。神戸のライブハウス「クラブ月世界」での熱狂シーンや店長役の小泉今日子さんも素敵だったな。ポスタービジュアルにはこう綴られている。

〈永遠はつづかなかったんじゃない 短くてもたしかに存在したんだ〉

私にも、永遠が存在している。手を離さなければ、その優しくて大切な記憶はこれからも私のそばで揺蕩い続けるだろう。再び出会う物語「i ai」。これからもずっとさよならなんてない、と教えてくれる。

 
 
 

 
 
 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日スーパーマラドーナの結成20周年全国ツアーを観に行ってきました。終始笑いっぱなしであっという間の90分。やっぱり田中くんは最高だった。天才! そして田中くんの面白さを最大限に引き出してくれる武智さん、ゲストのナイツさんも楽しくて大満足。今年はお笑いライブにもたくさん足を運びたいです。
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
第82回「ぶっきらぼうなロマンティスト 純粋にロックを貫いたチバユウスケの品格」
第81回「3年の延期を乗り越えて…キャストの結束を感じたM&Oplaysプロデュース『リムジン』観劇レポート」
第80回「アニキが喋った! 歓喜に沸いた岡山の夜 “GRAPEVINE TOUR 2023”」
第79回「斉藤和義さんライブツアー“30th Anniversary Live 1993-2023 30<31〜これからもヨロチクビーム〜”」
第78回「今、関西がアツい! 2023夏はまだまだ終わらない」
第77回「涙のシンガロングで終幕した10周年アニバーサリーイヤー・石崎ひゅーい “『キミがいるLIVE』-Piano Quintet-”」
第76回「“今、ここにいる” 江口洋介さんがデビュー35周年のスペシャルライブで語った大人へのエール。『BE HERE NOW~35th Anniversary~』」
第75回「神々しい佇まいは露伴そのもの。高橋一生さん主演『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』を鑑賞して」
第74回「2023年4月・想いのカケラたち」
第73回「介護の厳しい現実を考える、松山ケンイチさん×長澤まさみさん主演『ロストケア』を鑑賞して」
第72回「歌に託した想いと“最愛”のGRAPEVINEリビジットツアー『in a lifetime present another sky』」
第71回「万事休すからのスペシャルギグ! 斉藤和義さん弾き語りツアー『十二月~2022』」
第70回「“いつか星空の下で” 石崎ひゅーい『ナイトミルクLIVE 10th Anniversary〜」
第69回「名実ともに兼ね備えた純白のアイドルホース・ソダシの底力」
第68回「「水墨画は心を映し出す。横浜流星さん主演『線は、僕を描く』を鑑賞して」
第67回「迫力ある魔法に驚きと興奮の連続! 『ハリー・ポッターと呪いの子』観劇レポート」
第66回「自らを追い込んで飄々と一人芝居に挑む! 高橋一生さん『2020(ニーゼロ ニーゼロ)』観劇レポート」
第65回「渾身の力で“天”に届けられたメロディー。石崎ひゅーい “10th Anniversary LIVE 『、』(てん)”」
第64回「能楽の舞台に舞い降りたポップスター! アニメーション映画『犬王』を鑑賞して」
第63回「MANNISH BOYS-Anniversary LIVE TOUR 2022 GO! GO! MANNISH BOYS! 叫び足りないロクデナシ- 」
第62回「10年分の想いを花束にして。石崎ひゅーい Tour 2022“ダイヤモンド”」
第61回「すべてを愛せるツアーに。中村 中さん『15TH ANNIVERSARY TOUR-新世界-』」
第60回「戻らないからこそ愛おしい。映画『ちょっと思い出しただけ』を鑑賞して」
第59回「ジギー誕生50年!今なお瑞々しさと異彩を放ち続けるデヴィッド・ボウイのドキュメンタリー映画『ジギー・スターダスト』」
第58回「2年ぶりの想いが溢れたバンド編成ライブ! 石崎ひゅーい 「Tour 2021『from the BLACKSTAR-Band Set-』」
第57回「中村倫也さんと向井理さんの華麗なる競演! 劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』」
第56回「斉藤和義が最強のバンドメンバーと魅せた“202020&55 STONES”ツアーファイナル」
第55回「飄々と颯爽と我が道をゆく。GRAPEVINE “tour 2021 Extra Show”」
第54回「こういうときだからこそ豊かな未来を歌う。吉井和哉さん “UTANOVA Billboard”」
第53回「高橋一生さんの覚悟と揺るぎない力を放つ真の言葉。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』観劇レポート」
第52回「観るものに問いかける『未練の幽霊と怪物 ー「挫波」「敦賀」ー』」
第51回「明日の原動力になる『パリでメシを食う。』ブックレビュー」
第50回「こんな時代だからこそのサプライズ。優しさに包まれる藤井フミヤさんコンサートツアー“ACTION”」
第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
第48回「全身全霊で想いを届ける。石崎ひゅーい“世界中が敵だらけの今夜に −リターンマッチ−”」
第47回「西川美和監督の新作『すばらしき世界』公開によせて」
第46回「森山未來が魅せる、男たちの死闘『アンダードッグ』」
第45回「チバユウスケに、The Birthdayの揺るぎないバンド力に魅せられた夜 “GLITTER SMOKING FLOWERS TOUR”」
第44回「ありがとうを伝えたくなる映画『461個のおべんとう』」
第43回「京都の空を彩る極上のハーモニー。パーマネンツ(田中和将&高野勲 from GRAPEVINE)with 光村龍哉さん『聴志動感』~奏の森の音雫~」
第42回「清原果耶さんの聡明さに包まれる映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』」
第41回「YO-KINGのはしゃぎっぷりがたまらない! 真心ブラザーズ生配信ライブ“Cheer up! 001”」
第40回「ギターで感情を表す本能のギタリスト~アベフトシさんを偲んで」
第39回「真心ブラザーズ・桜井秀俊さんのごきげんなギターと乾杯祭り! 楽しすぎるインスタライブ」
第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”