立春も過ぎ、暦の上ではもう春ですね。エンタメ界では声出し応援が1月末から解禁され、窮屈だった長い冬もようやく終わりが見えてきました。今回は、先日無事に最終公演を終えたばかりの斉藤和義さんの弾き語りツアー『十二月~2022』(1月31日大阪・オリックス劇場)のようすをお届けします。
一本のスタンドマイク、テーブルとアンプが置かれただけのシンプルなステージ。巨大なスクリーンに「十二月」の墨字が現れると、アコースティックギターを鳴らしながら和義さんがラフな感じで登場した。弾き語りの世界へと誘うように、はにかみながらwelcomeな雰囲気で「俺たちのサーカス」を奏でていく。スクリーンには、サーカスのテントを描いたアニメーションが映し出され、オープニングを盛り上げる。シックなスーツとおしゃれなシャツをさらりと着こなす和義さんを観客は一心に見つめている。和義さんは「スクリーンに映像もたくさん出てくるので、こちらばかりジロジロ見ないように(笑)」と言って、デビュー曲「僕の見たビートルズはTVの中」(1993年)、「進め なまけもの」(1997年)などの懐かしい曲を演奏していく。「進め なまけもの」の歌詞にある〈もっと褒めて〉って当時の和義さんの口癖だったなぁとか、家の留守電に設定していたなぁなんて、ふと当時の記憶がよみがえってくる(今も変わらず歌い続けてくれていることを、あのころの私に教えてあげたい)。2021年に発表された「朝焼け」は飾らない純粋な想いがダイレクトに胸に迫ってくる。ロードムービー風の映像が曲の世界観とオーバーラップしてグッときてしまった。「シグナル」では、ギターのボディをトントンとノックするようにハンドクラップを促し、会場と一体になって空気を作り上げていく。
今回はスクリーンを使って、招き猫コレクションを紹介するシーンも。味のある招き猫たち(どこか和義さんに似ている?)を流暢にプレゼンする姿はレアだった。どの子もよく似ているような気がしたのは私だけだろうか。凝り性の和義さんが粘土で自作したという愛嬌のある招き猫まで飛び出し、会場を笑わせた。地方の陶器市などにも足を運ぶほどだったがすでにブームは去ったようで「今は一つも欲しくないですけどね」とソフトに毒を吐くのも和義さんらしい。中盤にはピアノの弾き語りも披露した。過ぎゆく日々を愛おしく思う「Over the Season」と昨年の3月ごろに作ったという新曲「泣いてたまるか(仮)」。〈傷つけ合いは終わり〉〈not too late(遅くない) まだ間に合う〉と、情感あふれるメロディーにのせて語りかける。飄々とした和義さんの、秘めた熱い想いが会場を魅了した。
10月からスタートしたこのツアーは、本来ならば年内にファイナルを迎えるはずだった。でも、11月にコロナに感染(幸い軽症だったそうだが)、その後約2週間ぶりの復帰公演中に身体の異変により中止を余儀なくされる事態に。そこで残るツアーの遂行に向けて、急遽、バンドメンバーである真壁陽平さんの参加が発表された。時には同時期にツアーを数本抱えるほどオファーが絶えないギタリストでもあり、和義さんもダメ元で連絡をしてみたところ、奇跡的にスケジュールが空いていたのだそう。真壁さんをグータッチで迎え、「もう手が攣る気がしない」と頼もしい存在に顔をほころばせる。また「途中から(ステージに)出るのはどんな感じ?」と聞いてみたり(真壁さんは「イヤです」と苦笑)、「この人瘦せたと思わない? 鍛えてるんだって」とファンにはおなじみのマカピーがツアー先でもジョギングを欠かさないようすを明かしたり。真壁さんの参加によって、ライブ以外の時間も楽しいと笑う和義さんのカラダ中から真壁さんへの愛が溢れていた。
そうしていよいよ二人の合奏が始まる。「歌うたいのバラッド」では丁寧に豊かな旋律で紡いでいく。初めて二人だけの「歌うたいのバラッド」を聴いたのは確か熊本地震復興支援のチャリティ(2016年)だっただろうか。当時行われていたツアー『風の果てまで』からバンドメンバーに加わった真壁さんが、このチャリティイベントでリクエストした曲だったと記憶している。「知ってるんだ」と驚いていた和義さんが意外だったこと、「もちろんですよ」と答えた真壁さんの奏でる音の美しさと真摯なまなざしにすっかり心を奪われたことを思い出す。真壁さんは和義さんより一回りも年下だけれど、いつも和義さんの無茶ぶりにも下ネタにも動じずニコニコと笑っている。常にブラッシュアップされたメロディーは今まで触れたことのない澄んだ音色で、真壁さんが加わるだけで空気が一瞬で変わる。今回、二人の巧みなプレイと鮮やかなメロディーが織り成す極上のツインギターを堪能した。会場は「ずっと好きだった」からさらにボルテージが加速していく。ロックチューンの「I Love Me」では、ピックからカケラが飛び散るほどの(実は、また手が攣ってしまうんじゃないかと心配してしまったのだが)激しくもかっこいいセッション。終わらないアウトロに大歓声が沸き起こった。続く「明日大好きなロックンロールバンドがこの街にやってくるんだ」では、和義さんが足で踏み鳴らすタンバリン、段ボールで作ったストンプボックスが活躍し、まるでバンドサウンドのようなロックンロールを体感。本編ラストの「Boy」では、真壁さんの鳴らすフレーズが多彩にきらめき、魂が躍動するようなセッションにしびれた。
アンコールには、12月の終わりごろから「寒い冬だから」が加わった。本来ならばジャジーでおしゃれな曲なのだが、真壁さんを巻き込んでちゃっかり下ネタを盛り込む妄想劇場に笑いが漏れる。そして、そんな会場の空気を察してバツが悪そうに照れて、さっさと次の曲へと切り替えるあたりも和義さんの可愛いところだ。「やさしくなりたい」では冒頭のギターリフで会場が大いに盛り上がり、二人のスペシャルギグに陶酔した。そして、ここまでステージに華を添えてくれた真壁さんを送り出し、「空に星が綺麗」で締めくくった。和義さんは「ありがとうー」と言いながら、ピックを客席に投げ、ようやく安堵の表情を見せた。残りのピックも次々と投げていく。カーブを描いて投下していくピックを見ながら、ようやくこういう光景が戻ってきたんだと胸が熱くなった。
この大阪公演が“旅の終わり”だからと公演前にスタッフさんたちと写真を撮ったのだそう。何とか無事にここまで来ることができたと。誰もがその言葉に涙したのではないだろうか。あの日、立川のステージで中止を決断しなければならなかった和義さんの心中を思う…断腸の思いだったに違いない。今、こうして笑顔で終えられることは決して当たり前ではないのだということをあらためて実感させられたツアーだった。デビュー30周年メモリアルイヤーの今年は、4月にアルバムの発売、そして35公演のバンドツアーが始まる。今回、プレメモリアルのような真壁さんとのライブは、私たちにとってスペシャルだったけれど、急な帯同を快諾された真壁さんの気概と覚悟には感謝しかない。そして、超多忙な真壁さんのスケジュールがたまたまぽっかり空いていた奇跡。もしかしたら真壁さんがこのツアーに参加することは必然だったのかもしれないと思わずにはいられないのだ。
shino muramoto● 京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日、現在改装中の京都競馬場へ行ってきました。パドックはまだ工事中だったけれど、整備された馬場やスタンドに心躍りました。4月のグランドオープンが待ち遠しい! 改装工事に入って約2年半。春が確実に近づいてくることを実感する日々です。
【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
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第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
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