1973年7月ロンドンのハマースミス・オデオン劇場の前に集まる大勢の観客たち。華やかでアバンギャルドなコスチュームのファンたちがこれからはじまるライブに意気揚々としている。デヴィッド・ボウイのライブを撮影したドキュメンタリー映画『ジギー・スターダスト』の冒頭シーンだ。約1年半にわたるワールドツアーの最終公演、そして凱旋公演ということもあって興奮ぶりがうかがえる。
異星からやってきた架空のロックスター・ジギーの栄光と衰退、そして再生を描いたコンセプトアルバム『Ziggy Stardust』(1972年6月リリース/デヴィット・ボウイ5作目のアルバム)を携えて、日本を含む長期ツアーを敢行してきたボウイ。この最終公演は、これまで演じてきたジギーというキャラクターに終止符を打ち、バンドの解散を発表した貴重なライブ映像。ボウイ自身も制作に関わり、これまでも何度か上映されてきた本作だが、今年はボウイの生誕75周年と「ジギー」誕生50年を記念して再上映されている。
私がはじめてボウイを知ったのは、どちらが先かは覚えていないけれど、映画『戦場のメリークリスマス』と「レッツ・ダンス」だった。当時はボウイのほかにマイケル・ジャクソン、マドンナ、デュラン・デュランなどの洋楽が流行っていたことを記憶している。そこからさかのぼること10年前の映像は、とても衝撃的で刺激的だった。剃り落とした眉毛と大胆なアイメイク、マイクロミニのワンピースで微笑む25歳のボウイは、スリリングでエロスの塊のよう。エキゾチックな雰囲気で観客を挑発しながら歌う姿は、人を惹きつけて離さない魔力を放ち、ボウイがギターを手にすると、その神々しさに観客は絶叫した。
映画館の観客たちもまるでタイムスリップしたように魅入り、リズムをとっていた。このジギーというキャラクターは、SFや歌舞伎からヒントを得たのだという。衣装を左右から引き抜くと次の衣装が現れるといった手法も取り入れられ、「出火吐暴威」の文字が縫い込まれた山本寛斎デザインの白いマントなどからも日本贔屓のようすが垣間見れる。また、楽屋で女性スタッフに囲まれ衣装替えをするシーンやライブを観に来ていたのか、何気なく座っているリンゴ・スターの姿なども収められているのも興味深い。
ステージをさらに輝かせているバンド、スパイダーズ・フロム・マーズがとてもかっこいい。「Moonage Daydream」ではミック・ロンソンの渾身のギターソロでなぜだか涙が止まらなくなった。潔いほど純真に、音楽にすべてを捧げた名手。哀愁を帯びたメロディーと卓越した手さばきに、ミックのカラダ中からメラメラと燃え立つ炎が、そして生き様が見えたような気がしたからかもしれない。衣装替えでステージをはけたボウイに代わり、超絶なギタープレイでファンの心を震わせ、音だけでなく存在ごと魅せるミックのすごさに鳥肌が立った。
グラムロックといわれる、このころのボウイの曲は初めて聴く曲でもどこか懐かしい気がする。それは私が好んで聴いているミュージシャンたちの音楽に、ボウイへの愛が刻まれ織り込まれているからかもしれない。石崎ひゅーいさんの実家の窓に彫られていたという歌詞に惹かれて、数年前に「Rock ‘N’ Roll Suicide」を聴いたとき、昨年のビルボードライブで吉井和哉さんが歌った「Life On Mars?」を聴いたときもそうだった。聴く前から好きだとわかる、不思議な体感だった。また、2017年に「ZIGGY STARDUST」をカバーしたTHE YELLOW MONKEYとスパイダーズ・フロム・マーズのサウンドが、また、吉井さんとボウイの姿がオーバーラップする瞬間が多々あり、あらためてルーツに触れたような気がして胸が熱くなった(ちなみに1999年の本作公開時のパンフレットには吉井さんがコメントを寄せていたのだそう)。
ボウイは〈変わるんだ 大人になっても変化しろ〉と歌う。常にさまざまな試みで人々を驚かせ、変化し続けたボウイの神髄を究めた言葉だ。大胆不敵に時代の先駆者として駆け抜け、時代が追いつくころにはもうそこにはいない。影さえ踏ませない、鮮やかさ。だからこそ、人はその輝きを追いかけたくなるのだろう。底知れぬ魅力が同居している稀代のロック・スター“デヴィッド・ボウイ”。熱狂する観客、失神寸前の観客たちをものともせず、どこか達観しているようなクールな佇まいはしびれるほどかっこよく、不意に微笑む顔は愛おしく、一瞬でココロを掴まれる。約50年前、煌めく光景が確かにそこにあった。映画を観終わった観客全員が伝説のライブを目の当たりにして、興奮冷めやらぬようすで弾んだ声で語り合っている。それは、ボウイが永遠であることを確信した瞬間だった。
shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。2月に入りまだまだ寒い日が続いていますが、立春を迎え、春が少しずつ近づいてきていることを感じています。私はというと、2月から校閲の新しい仕事を始め、ただいまリモートでの研修に奮闘中の毎日。デヴィッド・ボウイの「変化しろ」というメッセージは私にとってかなりタイムリーで胸に響きました。
【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
第58回「2年ぶりの想いが溢れたバンド編成ライブ! 石崎ひゅーい 「Tour 2021『from the BLACKSTAR-Band Set-』』」
第57回「中村倫也さんと向井理さんの華麗なる競演! 劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』」
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第53回「高橋一生さんの覚悟と揺るぎない力を放つ真の言葉。NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』観劇レポート」
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第49回「いよいよ開催へ! 斉藤和義さんライブツアー“202020&55 STONES”」
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第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」
[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”