始まりましたGAL Radio。ここは友人とカフェで過ごすように、音楽の魅力についてまったりお話する場所です。是非ゆっくりしていって下さい。
今回は、現在全国アリーナツアー中のOfficial髭男dism(以下ヒゲダン)が2019年にリリースした楽曲、「Pretender」についてお話したいと思います。いつものように聴いていたところ『ひょっとしたらこういう意味なのかな…』と、新しいロマンスを発見し、この感動が冷めないうちに共有したく、他の記事を書いていたのですが急遽予定を変更してお届けします。まずはお聴きください!
1.Pretenderは誰を指すのか問題
この曲のロマンスとは何かを探るべく、まずこの問題から取り掛かりましょう。
登場人物は「僕」と「君」のふたりです。
タイトルには「〜のふりをする人、詐欺師」という意味があります。
誤魔化す、騙す人は誰か、頭の片隅に置きながら歌詞を読み解いていきます。
「Pretender」歌詞-歌ネット
▼お互いが演じている
1Aの「ひとり芝居」「観客」という言葉から、ラブストーリーなのに両者が演者同士ではないことからその関係に心理的な距離を感じさせます。
『君にとって運命の人でいたい自分を演じている僕のひとり芝居』と考えるのが自然ですが「感情のないアイムソーリー」という歌詞からは『君のつれない素振りを眺めるだけの観客のひとりにすぎない僕』とも読み取るとお互いが素直ではなく役を演じている騙しあっていたように思えます。
▼人生柄
ロマンスが終わりを迎えてしまう理由は僕にあると言う視点で話は進みます。僕は君に好きと言えない性格で、違う価値観や設定で愛を伝えられたらと願います。それが叶わないのは過去や今までの経験上分かり切っていて、そんな煮え切らない自分の思考を変えられないと諦めています。それでも上手くはいかないと分かっていながらも好きになってしまう君がいかに魅力的か、またその想いの強さも同時に感じます。
▼グッバイ
僕の本音はサビの最後にくる「君は綺麗だ」「とても綺麗だ」であり、それを偽る為につく嘘がサビ頭にきている「グッバイ」です。
(サビの始まりと終わりを一番伝えたい嘘と本音で挟む凄まじいテクニック!)
お別れを言うのは弱気で変われない僕の最大限のつよがりと言えます。
以上のことからPretenderは以下の3つが当てはまります。
①自分にとって運命の人ではなかった、運命の人のふりをしていた、僕を騙す君
②離れ難いと思いながらも君にグッバイを告げる、君を騙す僕
③つよがって本音を誤魔化し、僕を騙す僕
人は多かれ少なかれ嘘をつく生き物です。恋愛や人間関係においては自分をよく見せようとすることもありますよね。どちらか片方だけが偽っているとは言い切れず、主語を明示していないからこそ、お互いが運命の人を演じていて、そのラブストーリーが終わりへと向かう間際を迎えている局面を歌っている歌なんじゃないかと。僕の視点で描かれていますが、君にとってもこのストーリーは存在するので、それぞれのストーリーが交わらず並行していると思うと切ないですね。
次は本題、この曲のビタースウィートなロマンスについて考えていきます。
2.ロマンスの定めとは何か問題
▼恋はミステリー
二人の関係は曲全体を通して敢えて曖昧で、どこかあやふやにされている部分が多い印象を受けます。
歌詞の
・ロマンスは続きはしない(始まってはいる)
・その髪に触れただけで(触れることの出来る距離にいる)
・繋いだ手の向こうにエンドライン(手を繋ぐ関係ではある)
これらからロマンスはあったと取れますが、それがどこまで深い関係なのかは語られません。追いかける恋愛がそうであるように、分からないから知りたくなり、知ろうとすればするほどもっと分からなくなっていく。ミステリアスな人ほど魅力的に見えたりしますよね。「僕にとって君は何?」かも「分かりたくない」と謎なままです。
▼何故、君が好きだではなく「君は綺麗だ」なのか
ただ分かっていることがひとつだけあり、それこそがこの曲の救いとなっています。
それが「君は綺麗だ」です。
曲中、僕は「好きだ」と言うことを無責任と表現し君に伝えられません。好きと言えない、でも君は一緒にいたい存在、それを素直に言えないうだつの上がらない僕の結論が「君は綺麗だ」なのです。
それは結婚や付き合うといった関係性の永遠や約束は無かったとしても、思いだけは確かだよということ。「君は綺麗だ」と思った瞬間からロマンスはそこにあって、最後まで思いだけが残ったという事はロマンスもあり続けているということ。だから「そりゃ苦しいよな」と思っていた定めも最後は悪くないよなと思えていきます。それは『思いだけは誤魔化せず、本音に気付いた』からだと。
Pretenderのふりをしてタイトルすら騙す2重のPretenderになっているのです!(上手く伝われ〜)
3.サウンドもロマンス
ここからは音楽的にも君への思いを美しく表現しているロマンスポイントをいくつかご紹介します。サンプル音源を作ってみたので解説と合わせて聴いてみて下さい(※音量ご注意下さい)。
▼リフ=君は綺麗だ
この曲を印象付ける大きな要素の一つがリフです。イントロがない曲が流行りと言われて久しいですが、この曲はイントロが30秒、アウトロも30秒と合計約1分あります。長さからしてもこのフレーズに込められている意味を考えざるを得ません。
イントロのリフはA♭add9という和音を分解して弾いています。
9thというテンションが入る効果をA♭との違いを比較してみましょう。
1回目:A♭
2回目〜:A♭add9
何回か連打している音がadd9の音です
この曲のキーA♭に対して倚音(解決する音に行きたくなる音)のB♭が入ることで君の美しさや儚さ、歌詞の意味を和音で強調させます。
▽音源1
イントロを例に4小節ずつ展開していきます
1.リフ
2.コード
3.リフとコード
▽音源2
僕にはこのA♭add9のリフがこの曲の核「君は綺麗だ」という思いを鳴らしているように聴こえ『このフレーズこそ、ロマンスを表現している!』と感じました。コードが時間の経過、ふたりの気持ちや関係の変化を表しているとすると、リフが同じ思いを奏で続けていて、形が変わっていっても最初から最後まで君は綺麗だという思いは変わっていないことを表していると解釈しています。
▼分数コード=世界線
全体を通して「分数コード」が多く出てきます。分数コードは音に淡い印象だったり、逆に緊張感を与えてくれる効果があるのですが、心情のグラデーションやグッバイと言いながらも離れがたい気持ちの揺れが表現されています。サビ頭のコード進行で見てみましょう。
1回目:分数コードなし
コードと同じルートを左手で弾いています
A♭ E♭ C Fm
2回目:分数コードあり
左手で分数コードに当たるGとEの音を弾いています
A♭ E♭/G C/E Fm
和音、単音と流れます
▽音源3
少し緊張感が増し、悲しい印象を受けました。分数コードなしの方が力強く、運命の人と一緒になった世界線だとすると、分数コードの方は運命の人は僕じゃない世界線を表現している気がします。
▼サビは真っ直ぐ、アウトロは丁寧に
Bメロは後悔するような歌詞を表現するかのように裏拍でアクセントを取りリズムを食ったり、揺れる心のように大きくスイングするグルーヴが印象的です。対象的にサビではバンドの演奏、特にベースラインやギターは刻むように淡々と弾いていてそこまで動きません。それによって一番伝えたい想いが相手へと真っ直ぐに向けられている印象と、演奏の一体感の上でメロディが一番際立つような効果を発揮していてグッときます。
以上を踏まえてサビからアウトロを聴いてみましょう(説明のため一部原曲と違う構成にしています)
▽音源4
別れ際なのか、別れてから時間が経過し、君が次の誰かといる時なのかは分かりませんが、アウトロのピアノの旋律は最後まで僕の思いを丁寧に綴るようで、それが君にも伝わり、一瞬でも想いが重なった音に聴こえました。
最後に残るピアノのリフ、皆さんはどのような音に聴こえますか?
韻律学の視点から見ても歌詞と音がリンクしているPretenderは綺麗な楽曲なんです!
※韻律学についてはこちらをご参照ください。
第30回「Mr.Children『Brand new planet』レビュー」
まとめ:本当の思いは騙せない
この曲が多くの人に受け入れられたのは今回ご説明してきたような歌詞やサウンドなど様々な要因がたくさんありますが、一番大きな理由が
「別れの歌でも相手への敬意が込められていて出会いを肯定しているから」
だと思います。
時代ごとに愛を伝える方法や手段、形は変わったとしても、そこにある「人が人を思う気持ち」は普遍的であり、本当の思いはごまかせない、騙せないということ。
最後に、1でお話しした「Pretenderは誰なのか?」の問いに一つ付け足すのであれば、
④リスナーを良い意味で裏切り騙してくれるヒゲダン
も付け加えておきましょう。
おあとがよろしいようで。最後までお読み頂きありがとうございました。
あー!! ロマンス味わいてぇなぁ!!(雰囲気台無し)
オススメしたい! のコーナー
「My Best Official髭男dism」
1.052519
2.Pretender
3.アポトーシス
4.Tell Me Baby
5.異端なスター
6.夏模様の猫
7.コーヒーとシロップ
8.恋の前ならえ
9.Rolling
10.Bedroom Talk
11.Laughter
▼Apple Musicプレイリスト
高橋圭(たかはし けい)●作詞・作編曲・演奏家 1988年5月3日生まれ。2011年よりgood sleepsの作曲、ギターとして活動開始、2016年活動休止。現在は演奏から録音、ミックス・マスタリングまでを自身で手掛けるスタイルでソロ活動中。楽曲はApple Music、Spotifyなどで配信中。レコーディングなどお仕事依頼はTwitter DMからお待ちしております。
Twitter:@zazamino
イラスト:matsun
「Ginger Ale Lover’s Radio」ここまでの道のり
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第2回「Guitar~ダサい僕が手にした最高の相棒~なんでこんな邦題足したの? っていうB級洋画の和訳タイトルみたいなダサさ(ギター愛を語る回)」
第3回「真夏の特大号 想像力(YUKI『チャイム』レビュー、久しぶりのライブ、真夏のドライブプレイリスト)」
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第5回「Mr.Children(メジャーセブンス、センス、スタンスとバランス)」
第6回「Mr.Children 『重力と呼吸』アルバムレビュー」
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