2月11日公開の映画『すばらしき世界』。作家・佐木隆三さんの『身分帳』(事実に基づいた小説)をもとに、西川美和監督が約5年ぶりにメガホンを撮った作品だ。人生の大半を刑務所で過ごした男が約13年ぶりに出所するところから物語は始まる。様変わりした街や人々のようすに戸惑い、周囲の人物とぶつかりながらも、実直に、懸命に生きる三上を役所広司さんが演じている。今回は、公開直前の『すばらしき世界』と撮影秘話の詰まったエッセイ『スクリーンが待っている』をご紹介したいと思います。

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私は、原稿とゲラ(校正刷り)を見比べる校正という職業柄か、原作と比べながら映画を観るのが好きだ。あらかじめ原作(小説)を読み(その逆もあり)、どのシーンが描かれるのだろうとか、頭の中で想像した景色がどんな風に色付けされ、立体的に浮かび上がってくるのだろうと想像するだけでワクワクする。そして、スクリーンには、いつも作り手側の葛藤も苦悩をも超越した、潔いほどの景色が広がっている。ここにたどり着くまでの苦闘なんて観客には一切感じさせない清々しさだ。


『すばらしき世界』の原案である『身分帳』も読み始めたら止まらなくなって一気に読んだ。エッセイ『スクリーンが待っている』には、絶版状態にあった『身分帳』に惚れ込んだ西川監督が、「こんな面白い本を埋もれさせてはいけない」と覚悟をもって映画化に踏み切った経緯、実在の主人公が服役していた刑務所や関わりのある場所をたずねたり、話を聞いたりと徹底的にリサーチし、監督自ら足を運ばれたようすが綴られている。やっときっかけをつかんだと思われた矢先、指の間からさらさらと流れ落ちる、そんな無念の出来事にも遭遇されている。八方ふさがり、もしくは孤軍奮闘の状況を、スタッフの方々、そして出演者の方々と一丸となって乗り越えてこられたようすが目に浮かび、思わずぐっとくる。そして、どんな場面でも人と人との心が通い合っていることを感じる。高くて分厚い壁に見えていたものさえ、人の想いがつながることでクリアし、想像以上の奇跡の瞬間を生み出す。


テーブルを挟んで向き合って、念入りに丁寧に台詞の言い回しや単語について、監督に意見を述べられたという、役所さんの誠実なお人柄がうかがえるエピソードや、役所さんから「愛されキャラ」だと可愛がられていた仲野太賀さんのエピソードなどがたっぷり詰まっている。また、『身分帳』誕生のきっかけは、佐木さんに「三上」本人からの「自分をモデルに小説を書いてくれ」という売り込みだったと知って驚いた。佐木さんが彼の暮らすアパートに通い、約4年にわたる取材をして完成した作品なのだという。映画として公開されているストーリーの裏に、いくつもの知られざるストーリーがあることを知り、心が揺さぶられた。

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私が初めて西川監督の作品に出逢ったのは、『ゆれる』(2006年公開)だった。『ディア・ドクター』(2009年公開)、『永い言い訳』(2016年公開)など、表の顔と裏の顔、建前と本音…人間のいびつさを浮き彫りにし、日ごろは抑えている鬱屈した想い、秘めた自分が、ある日をきっかけに露わになる。それは、善悪では到底片付けることのできない人間らしさでもあり、感情、心のひだのようなものが見え隠れして、不器用ながらも懸命に生きている人物たちに心を寄せ、西川監督が描く世界観に惹かれ続けている。


「まだまだ、やり直しが可能だ」。
これは、作品の軸になっている言葉だそうだ。人間は、いくつになってもどんな時代であっても、どんな境遇であっても、やり直すことができる。そう信じられるだけで、心がふわっと軽くなるような気がする。映画の後半部分は、オリジナルなのだそうだ。佐木さんが事実に基づいて紡いでこられた三上の優しくて実直で、危なっかしい生き様を、西川監督はどのように描かれているのだろうか。監督憧れの人、役所さんが演じることで、きっと、茶目っ気のある、人としてほっておけない愛すべき三上に出逢えるのではないかと思っている。出所してから過ごしたこの世界は、正直者で義理人情を重んじる彼にとって、どう映っていたのだろう。納得のいかないことや理解しがたいこともあり、生きづらい日々だったかもしれない。幸せの価値観は人それぞれだが、どうか、心が安らぐ日々であったと願わずにはいられない。西川監督が大切にあたため育ててこられた、『すばらしき世界』の公開を心から楽しみにしている。

 
 

 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日、大阪・なんばHatchで行われた真心ブラザーズのライブ。桜井さんイジリが止まらないご機嫌のYO-KINGに笑わされ、久しぶりのバンドバージョンで盛り上がりました。コロナ禍において、桜井さんのインスタライブはじめ無観客、配信を含め、何度もライブを行い、私たちを励まし楽しませてくれた彼らに感謝しかありません。アンコールのラストに名曲「Rolling」が聴けたことにも感激。最高の選曲に、彼らの想いを感じたライブでした。