諦められないもの、手放したくないもの、それがつかみかけた夢ならなおさらだ。
森山未來さんがボクサーを演じる映画『アンダードッグ』。前・後編合わせると4時間半を超える大作だが、体感としては2時間半くらいだろうか。近年観た映画のなかで、こんなにも時間を忘れるほど夢中でスクリーンを見つめ、登場人物に心を寄せ伴走した作品はなかったかもしれない。
●STORY
一度は手にしかけたチャンピオンへの道……そこからはずれた今も“かませ犬(=アンダードッグ)”としてリングに上がり、ボクシングにしがみつく日々をおくる崖っぷちボクサー・末永晃(森山未來)。幼い息子・太郎には父親としての背中すら見せてやることができず“かませ犬”から“負け犬”に。一抹のプライドも粉砕され、どん底を這いずる“夢みる”燃えカスとなった男は、宿命的な出会いを果たす。一人は、“夢あふれる”若き天才ボクサー・大村龍太(北村匠海)。児童養護施設で晃と出会いボクシングに目覚めるが、過去に起こした事件によってボクサーとして期待された将来に暗い影を落とす。もう一人は、夢も笑いも半人前な“夢さがす”芸人ボクサー・宮木瞬(勝地涼)。大物俳優の二世タレントで、芸人としても鳴かず飛ばずの宮木は、自らの存在を証明するかのようにボクシングに挑む。三者三様の理由を持つ男たちが再起という名のリングに立つとき、飛び散るのは汗か、血か、涙か。(公式HPより)
ここでいう“かませ犬”とは、スター街道を上っていく若き選手たちの対戦相手として踏み台になること。叩きのめされてリングでぼろぼろになる“かませ犬”が染みついた晃の、その姿にはもはやプライドなどは感じられない。なぜ、こうまでしてリングに上がり続けるのか。それほどまでにボクシングが好きなのかと問われたとしても、きっと口ごもってしまうのだろう。でも、深夜のジムに向かう晃の心の奥底には、まだまだ消えない、ボクシングへのくすぶり続けている想いがあることをうかがわせてくれる。
森山さんといえば、演じる人物像を徹底的に研究し、役を身体に染み込ませて現場に挑むことで知られているが、この作品もまさにそうだった。まずは、ボクシングの試合やドキュメンタリーを観て、ボクサーの日常を知るところからはじめたのだそう。そして、約1年前からトレーニングを開始、食事制限なども含め現役ボクサーと同様のメニューをこなし(実際にプロテストも受けたと聞いて驚いた!)、晃という人物像を肉体的にも、精神的にも作り上げていったのだという。後編に向かって加速していく物語のなかで、次第に研ぎ澄まされ、鋭くなっていく晃のまなざし。トレーニング風景やリングに漂う殺気、そして何よりも森山さんの鍛え上げられた肉体は必見だ。
森山未來という人には、人を惹きつける魅力がある。今回、京都で行われた、森山さんとプロデューサーの佐藤現さんの舞台挨拶があり、それを体感することができた。この日、実は前の仕事の関係で少し遅れてこられた森山さんは、まさに駆けつけたという表現がぴったりだった。ハーフアップのシニヨンヘアで、膝丈まである、おしゃれであったかそうなコートそのままでステージへ。彼は、ご自身が纏うオーラを自在に操れるんじゃないかとさえ感じるほどに、ふんわりとした空気感を漂わせ、ごくごく自然に場に溶け込んでいた。
そして、質疑応答のコーナーでは、私も質問をさせていただいた。過去の栄光にしがみついている晃を、周囲の人々はみっともないとか辞めてしまえとか、時に厳しい言葉を浴びせるのだけれど、その言葉の根底にある、晃への愛や慕う気持ちが伝わってきた。くすぶり続けている晃の何が、こんなにも人を惹きつけるのだろう。「晃の魅力とは?」と聞いたところ、撮影中は意外にも「こんなやつ、特に女性には受けないよね」と話していたのだそう。だから、このような反応に驚いているとのことで「逆に萌えポイントを教えてほしい!」と言われてしまった(笑)。人として、荒んでいないところ、腐っていないところだと話すと「いやいや、荒んでるって!」と笑いながらも、すごく考えてくださって、どん底の状態であっても、身体を動かしていることで保たれている精神状態はあるのかなという森山さんの言葉にたどり着いたとき、私自身、何だかすとんと腑に落ちたような気がした。晃という人物を、肉体はもちろん、精神的な部分、心の機微まで表現されている森山さんの凄さを感じた貴重な機会だった。
晃を取り巻く重要人物、龍太を演じるのは、俳優であり、ダンスロックバンド「DISH//」の北村匠海さん。2020年は、映画、歌番組などで姿を観ない日はないほどの人気。他の作品の撮影中、減量に、トレーニングに励んでいたというが彼へオファーが殺到するのも納得だった。何といっても、目がいい。彼がスクリーンにあらわれると、画がぐっと華やかになり、若きエネルギーに満ち溢れていた。そして、番組の企画からリングに上がることになったお笑い芸人、瞬を演じる勝地涼さん。実際には、宮藤官九郎さんが尊敬する人として名前を挙げられているようにムードメーカーの勝地さんだが、劇中は面白さは封印。ジムの先輩役で出演している(実際にトレーナーのライセンスを持つ)ロバートの山本さんとのシーンは微笑ましく、試合シーンでは誰もが想像しなかった死闘を演じる。
「本気でたたかわなきゃいけない理由がある」。晃の所属するジムの会長の言葉に、ぐっときた。自分を変えるために、何かをつかむために。ラストシーンの、晃と龍太の試合シーンは圧巻だ。二人の気迫とたたかう理由。どっちが勝ったかなんてどうでもいいと思える。どちらも勝者だ。映画館を出るときには、きっと誰もが清々しい気持ちになっているだろう。自分にもまだまだやれることがある。そう信じたくなる、力作だった。
★現在、『アンダードッグ』は劇場版、配信版(ABEMAプレミアムにて公開中。劇場版には収まりきらなかったシーンも加えて全8話にまとめられている)ともに公開中です。
shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。2021年も始まりました。緊急事態宣言が出て窮屈で安心できない日々が続きますが、感染予防対策をしっかりして、元気でお過ごしください。今年もどうぞよろしくお願い致します。