始まりました、GAL Radio。
2020年を締めくくる今回は、Mr.Childrenの20th Album 『SOUNDTRACKS』についてお話致します。というのも先月の記事(第30回「Mr.Children『Brand new planet』レビュー」)で待ち望んでいた最新作の情報量、熱量が余りにも凄まじいものですから、当サイト編集長・上野さんにお願いし締め切りを伸ばして頂き書くことにしました。この一年間感じづらくなっていた感動が一気に押し寄せた音楽の旅の喜びをここに記しておこうと思います。今作を紐解くにあたり「人」というキーワードに焦点を当て各項目3つの要素から魅力をご紹介して参ります。
First impression
せっかくなので初めての販売となるレコードから聴くことに。針を落とし、スピーカーから音が流れた瞬間から自分の思い出が呼び起こされる不思議な感覚に。10年前の12月リリースのアルバム『SENSE』を初めて聴いた時もこんな風にドキドキしたなという情景や、曲が進むにつれ今はもう会えない大切な人のことや、大事にしていた思い出、そこから繋がって今があるなぁなんて胸が熱くなる感覚に。
遠い未来これを聴いた誰かの心の中にもきっと同じ郷愁が訪れるであろう普遍性を感じる歌詞とサウンド、ボーカル・桜井和寿氏の歌声に込められた願いや祈りを共有している時間は至福。歌い方への感情の込め具合ったら過去一の鳥肌ものです。
曲間の無音部分、レコードのプツプツやサーというノイズも曲同士がひとつなぎのフィルムのような空気を醸し出していて、アルバム全体を通してひとつの「Documentary Film」になっているなぁと感じました。A面とB面が表現するもの、アナログとCDの質感の違いも今作の楽しみ方のひとつ。
前作『重力と呼吸』が老いや終わりを跳ね除けるような「抗う」作品だとするなら、今作は徐々に朽ちていくことを「受け入れる」作品。残された時間を意識し生活する日々の輝きは何ものにも変えがたいというメッセージと、とは言え20年ぶりの海外レコーディングは「挑戦」であり一曲目のスリリングかつシニカルな幕開けから一気に駆け抜けるサウンドは「受け入れることで得た強さでまだまだめちゃくちゃ圧倒してきますやん!」と言いたくなります(笑)。
魅力1.海外レコーディングの音が抜群にエグい!(霜降り明星・粗品さん風に)
アルバムはアナログレコーディングという16トラックのテープに音を録音する手法で制作されました。現在主流のデジタルレコーディングはPC上で録音から修正、加工までを効率的に重ねていけるメリットがあります。対してアナログは手間暇がかかりますが、デジタルには出せない特有の温かみがあります。デジタル主流になった背景には利便性や予算の都合など様々な理由がありますが、どちらが良い悪いではなく何を優先すべきかの話で、今作に込められた「作り手の情熱をより閉じ込めたい」という思いを最も伝える手法として選択されたと思われます。制作費、凄いと思います(笑)。
今作の音像の魅力
1.ダイナミクス=演奏の強弱や抑揚
2.ニュアンス=フレーズやコードの音色や鳴らし方
3.アンビエンス=空間的な余韻の響きと臨場感
各楽器がその場で演奏されているような、空気の粒の揺れに至るまでクリアで太い音で記録されていて、特にドラムの革まで感じられるMIXは真新しいMr.Childrenの音になっています。一つ一つの音の存在感が出る立体的なMIXがもたらす「包まれる」音はどのように作られたのでしょうか。料理に例えてみましょう。
スタジオ=産地 London・Rak Studios,LA・Sunset Studios。人も自然も音も環境が大事。
エンジニア=職人 U2やSam Smith作品に携わるSteve FitzmauriceがMIXからアレンジ、プロデュースを担当。板前の包丁捌きで食材の舌触りが変わるように繊細な感性と技術は勿論、素敵な人柄の持ち主で音のバランスや配置、響かせ方を表現する重要な役割。
アレンジ=調理法 バンドの演奏をより引き立たせる味付け。ストリングスアレンジはSimonHale。彼の旋律の美しさは最&高。
そして個人的に最も重要な役割を果たした人物がKen Masui氏。Simonとのオーケストレーションのやりとりからサウンドプロデュースも手掛けつつ、通訳としてもメンバーと現地スタッフの架け橋となり方向性やニュアンスの細部まで、言葉の壁を超えたコミュニケーションでイメージを共有できたことが今作の実現に欠かせなかったと言えます。作り手全員が音楽に感動している瞬間が音としてしっかりパッケージされリスナーの耳と出会う時、心が作用して脳内でマリアージュされるんでしょうね(そんなに上手くないぞ!)
魅力2.アートワークが示すメッセージ
King Gnu常田大希氏率いるクリエイティブ集団・PERIMETRONが手掛けるジャケット、MVなどのアートワークが今作が物語る終わりへと向かう「時間の儚さ」をより意識させます。ジャケットの壁に飾られた一枚の絵画が日常の風景に溶け込みながらもメッセージを放つメタファーであり、リスナーに深く届くこと、自分たちの為の音楽としても深い部分まで描こうとした両方を表しています。
今作のブックレットのクレジットは従来と違い、レコーディングに参加したミュージシャンとバンドメンバーの名前が曲ごとに一緒に綴られていること。全員で作り上げた思いとリスペクトが伝わります。
初回限定で付属している映像には今作が完成するまでを振り返るインタビューとドキュメンタリー、演奏シーンが収録されています。中でも「memories」のストリングスレコーディングに桜井さんとJENさんが並んで立ち会っているシーンの「音に身を委ね目を閉じ体を左右にスイングさせ旋律に酔いしれる姿」がいち音楽ファンとしての彼らを垣間見れる珍しい瞬間でもあり新しい音を求める今作を象徴していてとても印象的です。
それぞれにニクい名前が名付けられています。
YOURS:歌詞ブックレット=それぞれの解釈で曲を楽しんで欲しい“リスナー”のもの
MINE:映像=“バンド”にとっての今作
OURS:CD=リスナーとバンドが共有する音楽は“僕ら”のもの
魅力3.出会いによる化学反応がもたらした現時点最高到達点
今回改めてミスチルの魅力は「未完成なバンド」であることだなと感じました。
どこか足りない4人のミュージシャンが28年やってきて化学反応を起こすために海外へ渡り出会いから様々なアイディアが産まれていった今作。
ギター・田原健一氏のインタビューで印象的な言葉が『エンジニアのスティーブがね、僕がギターを弾いて終わった後に「Happyか?」といつも聞いてくれて。みんなに喜びがある、音楽は一人でやっているんじゃない、音楽を通して人がいる、何が大切なのか、当たり前のことだけどそれをレコーディングを通して感じられた』と言う言葉が物語るのは、彼ら自身がいまだに音楽に対してピュアな気持ちと誠意を持って向き合っていてその時間が音として反映されていることを証明しています。
人は矛盾した生き物、だからこそ愛おしい
https://youtu.be/mdc2bTg30gI
表と裏、光と影といった全ての事柄にある二面性を描いてきたMr.Children。このMVの二人のように人は「忘れたい記憶」と「忘れたくない思い出」を抱え生きています。それぞれの立場で善悪、正義なんてものは変わりますし、どちらかに100%振り切った人はいない
はずなのに見失いがちな部分。自己と他者も違うからこそ相手を思い、曖昧さや不確かな部分を想像力で補い合う。人は互いに影響し合い変わっていく生き物です。それが人間の良いところで本当に大切なものは相反する2つの間にあるのではないでしょうか。ふたつが混ざり合うような今作の音は過去と未来の間にある今を大切にすることなんだと教えてくれているようです。
「アルバムで一番印象に残った曲」
「others」についてお話します。〈硬い氷は溶け 身体中を滑る 2人の熱で〉というフレーズが印象的な、愛しあう瞬間を艶かしく描写したバラードですが、詞を読んでいくと浮気、不倫を匂わせる内容にも読み取れます。この曲の魅力は嘘のない刹那を美しく描いている点にあると思います(美化するつもりはありません)が「その他、他人、他人のもの、他の人たち」を意味するタイトルについて考えてみましょう。登場人物は3人です。
・僕
・僕が思いを寄せる君
・君が付き合っている彼
僕にとって彼と付き合っている君は「他人のもの」。君からすると僕と過ごす時間は彼がいない退屈を埋める「その他」の時間に過ぎないのかもしれません。
彼は直接は出て来ませんがタバコを吸い、アメリカ史を紐解く文庫本を読む、君や僕とはタイプの違う人物像として描かれます。曲後半では〈ベッドで聞いていたblues 誰の曲かも君は知りはしない きっと彼の好きな曲〉とあり、君とは読む本や聴く音楽の趣味趣向が合わないけれど彼が好きだから聞いていて(「聴いている」ではないところも絶妙な距離感)もしかしたら彼には本命の別の人がいて、彼にとっては君もotherであると仮定すると〈愛し愛されてたとしても そう感じられるのは一瞬〉という部分も辻褄が合います。彼との行為の最中は愛情を感じるけれど他の時間はどこか冷たく、だからもっと愛して欲しくて彼を理解したくて聞いているbluesと捉えると一気に切なくなります。
彼視点で見ると僕と君は愛情の矢印を向けられていない者同士の「他の人たち」となり、そんなふたりのストーリーという意味合いにも取れます。それぞれが心の隙間を埋めたくて愛に縋り付くけれど、心はそこに無いように思えてもその時間だけは理性じゃなく本能的に偽りはないのではというなんとも秀逸なタイトル!!
どうしようもない3人ですがそれぞれが問題を抱えていたり、弱い部分やどこか欠落していることも人間のひとつの側面であり、頭で分かっていても理屈では説明できない感情があるということ、それでも相手を思う気持ちに偽りはないということを加速するアウトロが表現しているよう。曲中の僕がビールを飲むシーンが出てきますが、身体を滑る氷はきっと君が飲んでいるお酒に入れていたもので、行為に至ったのもアルコール度数9%のレモンサワーのせいでしょうか。(だけに)
最後までご精読ありがとうございました。年末年始寒い日が続きますのでお身体ご自愛くださいませ。来年もよろしくお願い致します。
●高橋 圭からのお知らせ
①Serendipity 1st Album「Hometown」(M-2潮騒、M-4つづり、M-6雨の街)に共同アレンジ、ギター、プログラミングで参加しました。
▼Apple Musicリンク
https://music.apple.com/jp/album/hometown/1536380285
▼アルバムアートワークプロジェクト
https://www.facebook.com/serendipity.hometown.artwork/
②ソロ楽曲各音楽配信サービスにて好評配信中です。
https://www.tunecore.co.jp/artists/takahashikei
高橋圭(たかはし けい)●作詞・作編曲・演奏家 1988年5月3日生まれ。2011年よりgood sleepsの作曲、ギターとして活動開始。2枚のシングル、1枚アルバムをリリース。2016年活動休止。演奏から録音、ミックス・マスタリングまでを自身で手掛けた意欲作。アルバム『RADIO WAVES』、シングル『ひまわり』共にApple Music、Spotifyなどで配信中。
お仕事依頼はTwitterからお待ちしております。Twitter:@zazamino
イラスト:matsun
「Ginger Ale Lover’s Radio」ここまでの道のり
第1回「はじめましてのご挨拶(自己紹介)」
第2回「Guitar~ダサい僕が手にした最高の相棒~なんでこんな邦題足したの? っていうB級洋画の和訳タイトルみたいなダサさ(ギター愛を語る回)」
第3回「真夏の特大号 想像力(YUKI『チャイム』レビュー、久しぶりのライブ、真夏のドライブプレイリスト)」
第4回「バンドは生き物、刺身はナマモノ。(赤い公園特集)」
第5回「Mr.Children(メジャーセブンス、センス、スタンスとバランス)」
第6回「Mr.Children 『重力と呼吸』アルバムレビュー」
第7回「ミスチル、YUKIライブレポート特集」
第8回「新春新曲祭」
第9回「レコーディングオタク」
第10回「YUKI 『forme』アルバムレビュー」
第11回「音楽で逢いましょう」
第12回「good sleeps Album『SIGNAL』セルフライナーノーツ」
第13回「雨ソング特集」
第14回「Live DVD &Blu-ray『Mr.Children 『Tour 2018-19 重力と呼吸』ディスクレビュー」
第15回「BUMP OF CHICKEN NEW ALBUM『aurora arc』アルバムレビュー。何故彼らは宇宙を歌うのか」
第16回「竹内まりや「カムフラージュ」から学ぶ切なさ講座」
第17回「新曲発表のコーナー『ねぇ、できちゃった』完結編!」
第18回「YUKI『聞き間違い』から学ぶ “ きっと大丈夫 ” 講座」
第19回「何故私たちはクリスマスソングを作り、聴くのか」
第20回「TRICERATOPSから学ぶリフで踊ろう! 講座」
第21回「3ヶ月連続企画! 第1弾 Chara +YUKI『楽しい蹴伸び』から学ぶ無意識の美しさ」
第22回「3ヶ月連続企画! 第2弾「Chara +YUKI 『echo』全曲レビュ ー」
第23回マイフェイバリットエモーショナルソング 10選」
第24回「和田唱(TRICERATOPS)『ALBUM.』から学ぶ笑顔の大切さ講座」
第25回「『ねぇ、できちゃった』のコーナー夏の特別編! 新曲「ひまわり」セルフライナーノーツ」
第26回「ニッポンの偉大なギター名盤10選」
第27回「夏とシティポップ」
第28回「初秋にこそ聴いて欲しい、サザンオールスターズ『真夏の果実』の魅力」
第29回「温かみ、手触りを感じる名作 Yuzukana 『ZUSHIKI』制作秘話!」
第30回「Mr.Children『Brand new planet』レビュー」