もしも東京に行けることがあったら、あのライブハウスに行こう。そう思っていた私にチャンスが訪れたのは17歳の夏だった。地元の福岡では中学生の頃からコンサートに出かけ、既にライブハウスという場所にも足を踏み入れていたものの、やっぱり東京のアンダーグラウンドなシーンを生で体験してみたかった。東京出身の親友が、夏休みに久しぶりに幼なじみに会いに行くというので、アルバイトで貯めたお金で飛行機に乗って付いていくことにした。数日しか滞在しなかったけど、親友は神宮球場にヤクルト戦を観に行くと決めていて、私はここぞとばかりに「じゃあ私はライブハウスに行くね!」と心に秘めていた計画を遂行することにした。


場所は下北沢シェルター。今となっては、グーグルマップもない時代にひとりでよくも辿り着いたなと思う。小田急線で下北沢駅、少し歩いて細い階段を降り、小さな扉を開け、薄暗い階段をまた降りる。ここに行けばいつもすごいバンドがライブをしているんだろうという確信があった。親友のヤクルト戦に合わせて訪れただけなので、好きなバンドが出るからそこに行ったわけではない。だから今でもそのバンドが何という名前だったかがちっとも思い出せない。だけど確かに覚えているのは、その小さな秘密基地のような場所のワクワクと、人と人との間で背伸びして観たステージの眩しさと、たくさんの人が音楽に身を委ねる熱気の中で、誰も知り合いなんていないのに、初めてきた場所なのに、なぜだか安心したような気持ちになったこと。「ああ、私はここにいていいんだ」って思ったこと。


あれからたくさんの時が経ち、ライブハウスという場所がいつしか仕事をする場所にもなって、子供が生まれてからは月に何度かしか行くことができなくなったけど。それでも、だからこそ、ライブ会場に行って素晴らしいステージの生の熱気に触れるたび、本当に幸せを感じた。そして2020年。こんな時代になるなんて思ってもみなかった。小池都知事が新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために「密閉」「密接」「密集」を伴う3つの密を避けてくださいと言った時、「それ完全にライブハウスじゃん」と思った。そして、その「3密」こそが、閉ざされた空間の非日常と、沸き起こるオーディエンスの一体感を生み出していたし、ライブ特有の熱気そのものだった。

 
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paionia企画で訪れた昨年の下北沢シェルター

 
 
 
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2000年に書いたTHE BACK HORNのライブレポートも下北沢シェルター。
ライブハウスは言葉が溢れてくる場所でもある。

 
 

3月からの自粛要請で既にライブハウスが閉店したり、存続のためのクラウドファンディングなども多数始まっている。そんな中、ぴあはエンタメ再興、再始動のためのプロジェクト「ぴあ[re:START] (リスタートプロジェクト)」を発表した。アーティストに対する動画コンテンツ制作のサポートや、ユーザーに対するライブ映像の視聴チケットの販売、そして「ライブのチケットが完売してしまっても、同時に展開するライブ配信により、上限なくファンがライブを楽しむことができる」としている。ここにコロナ以降の、ウィズコロナ時代のエンタメの在り方を示しているように思う。実際に会場に足を運んで観るのか、自宅で生配信を観るのか、という選択がオーディエンスにとって当たり前の時代になっていくのかもしれない。このやり方ができれば、スタンディングゾーンの扉が閉まらなくなるほどチケットを売らなくても、収益が見込める。世界では、車の中からステージを観るコンサートなどユニークな試みがあったり、日本でも様々な配信イベントが始まっている。


これからライブやライブハウスの在り方が変わってしまったとしても、私たちがあの凄まじい熱気の中で感じた経験や、好きな曲が鳴って思わずステージに駆け寄った時の弾けるような楽しさ、その記憶は決して消えることがない。ライブハウス文化が新しい時代にも続いていけるように、新しいアイデアが今どんどん生まれようとしているし、何より音楽は今日も生まれ続けているから、私たちが愛したライブハウスの変革の時を見届けたいと思う。この投稿企画を始めようと思った当初は悲観的な想いも強かった私がちょっと前向きな気持ちになれたのは、たくさんの方がこの企画に想いを寄せてくださったからに他なりません。皆様ありがとうございました。そして小さい声ですが全ての音楽関係者にエールを送りたいのです。これからも宜しくお願いします。

 
 
長澤知之「密なハコ」

 
 
 
 
 


 
IMG_5172上野三樹●音楽ライター/YUMECO RECORDS主宰。入学式以来、学校に行けていない小1の母。新聞を読み、ラジオ体操をして、ヨガをして、3度のご飯の支度。時々、ZOOMで取材して、心理学の勉強をしています。それが私のステイアットホーム。大掃除が終わりません。