バンドなんて大概が紆余曲折を経ているもので、必然よりも偶然と幸運の連鎖で続くものだ。どんなに演奏が上手で名曲を作っても「無名」のままにステージを去るバンドはごまんといる。しかし、どんな逆境に見舞われようとも、その都度窮地をくぐり抜け、何度でも蘇るバンドが存在するのも確かだ。
そのひとつが、このThe cold tommyである。作品について語る前に、少し彼らの歴史を語らせてほしい。The cold tommyはVo. / Gt.研井文陽、Ba.榊原ありさ、Dr.松原一樹による3ピースロックバンドで、キャリアは10年に及ぶ。2014年にはメジャーデビューを果たすも、2016年に松原が脱退。新ドラマーを迎え、メジャーのフィールドを走り続けたが、2017年にはそのドラマーも脱退する。正直このニュースを聞いたとき、バンドの存続を半ば諦めた。というのも、メインコンポーザーである研井と、ベースの榊原、この2人と足並みを揃えて活動できるドラマーは、そう簡単に見つからないと思ったからだ。
研井の感情の洪水を投影した縦横無尽なリズムを擁した楽曲は、複雑かつ精密で、演奏には相当のスキルを必要とする。それを事も無げに演奏するのが研井と榊原なのだ。まず研井は、鋭い声で言葉数の多い歌を鬼気迫る勢いで歌いながらも、楽曲の随所に織り込まれる印象的なリフを始め、複雑なフレーズを弾きこなす。そして私がこのバンドに魅了されたきっかけにもなったのが、榊原のベースだ。どっしりと重たく、けれど自在に蠢くベースラインが、どくどくと蛇行する。それはまるで、バンドという生き物に流れる血液のようだった。
彼らの生み出すグルーヴは、技術に加え、言葉では説明のできない動物的本能が作用しているようにも思う。そして、その稀有なグルーヴを長年支えてきたのが、松原のドラムだった。もう一度、あの3人で鳴らす音が聴きたい。ファンの誰もがそう望んでいた。その想いが伝わったのか、2018年1月に松原が復帰。バンドは再び、猛獣のように美しく獰猛なグルーヴを手にしたのだ。
しかしこの3人に戻って作る音源は今作が初めてではない。昨年5月にメジャーフルアルバムをリリースしているのだが、敢えてこのタイミングでまた彼らについて言及したいと思ったのは今作『FREEZE THE JEWEL』が、彼らの新たな始まりとなる作品だからだ。フルアルバムで約4年間のメジャーでの活動に区切りをつけ、より純粋な気持ちで自らの音楽を追求し始めた。言うなれば、野生に戻ったのだ。それゆえ、荒々しくて複雑な音の氾濫を覚悟して聴いたが、1曲目の「飢えより渇き」から、その予想を完全に覆された。
繊細なメロディーと、美しく歪んだギター、そして穏やかなうねりを生み出すリズム。それらが静かに、思慮深く鳴らされる。研井の書く幻想的な歌詞も相俟って、生きることで汚されていく無垢な世界への鎮魂歌のように聴こえた。続く「ゆれ おちる 繭」では一転、光が差し込んだように世界が開ける。颯爽と走り出すギターと、研井の柔らかな歌声が心地良さと高揚感をもたらす。縦に刻んだビートも軽快で、彼らにしては珍しいストレートな楽曲だ。「Ghillie Batが烟る夜」は、さらにドライブ感が増したロックチューンで先行配信されていたこともあり、早くもライブには欠かせない曲になっている。
しかし、一番新鮮だったのはファンキーなエッセンスを取り入れた「FRIDAY DADA」である。榊原のベースが生み出す黒っぽいうねりが、スイングを誘う。こういう曲を聴くと、つくづく抽斗の多いバンドだと改めて感服する。松原のテクニカルなドラムと研井の鋭利なギターの応酬が堪能できる「Needles」も、聴き込み必須の1曲だ。まるで今のバンドのテンションを象徴するかのように、コーラスも含めた3人のアンサンブルの妙で魅せる「HARAJUKU」も良い。そして作品を締め括るのは冒頭の「飢えより渇き」ともリンクする静謐な「Technology」だ。
バンドを取り巻く環境が変わろうとも、The cold tommyの根幹は何ひとつ揺らいでいないということ。それでいて、追及する音楽やメッセージはどんどんクリアになってきているのだろう。その結果が今作で、聴きやすさという形で表れた。相変わらず研井の頭の中には今も混沌が渦巻いているし、一曲に詰め込まれる展開は多い。今まではその混沌の絡まり合いこそがThe cold tommyの代名詞でもあったのだが、ここに来て明確な変化が訪れている。複雑に絡まりあった楽曲の原石が、3人の演奏によって磨かれ、聴く者に対して明確な筋道を示すようになった。だからこそ、彼らの音楽はより多くの人に届くようになるかもしれない。そんな予感を感じさせた作品だった。
▼リリース情報
『FREEZE THE JEWEL』(2019年7月30日発売)
1. 飢えより渇き
2. ゆれ おちる 繭
3. Ghillie Batが烟る夜
4. FRIDAY DADA
5. Needles
6. HARAJUKU
7. Technology
【会場限定盤】¥2,000(税込)
1. 飢えより渇き
2. ゆれ おちる 繭
3. Ghillie Batが烟る夜
4. FRIDAY DADA
5. Needles
6. HARAJUKU
7. Technology
【会場限定盤】¥2,000(税込)
イシハラマイ●会社員兼音楽ライター。「音小屋」卒。鹿野淳氏、柴那典氏に師事。守りたいのはロックンロールとロン毛。2016年11月号より『音楽と人』レビュー陣に加わる。YUMECO RECORDSでは連載「やめられないなら愛してしまえ」を3年間執筆。引き続き、とっておきのロックンロールバンドを紹介していきたいと思います。よろしくどうぞ。