この秋は、私にとって気になる映画のラッシュ。自宅でいつでも映画を楽しめる時代だけど、最新作を、大スクリーンの迫力ある映像で体感できる楽しみも捨てがたい。そんなわけで映画館にやってきたけれど、シートに座って上映を待つ間にだんだん不安になってきた。R15指定、ノンストップ・スリラーという文字に後悔。大丈夫かな。今回は、そんな少し恐々観た『見えない目撃者』の映画レビューです。
自らの過ちで起こした交通事故で、視力だけでなく、かけがえのない弟を失い、人が変わったように心を閉ざしてしまった元警察官の浜中なつめ。ある日遭遇した車の接触事故で、車内から助けを求める女性の声を聞く。直感的に誘拐事件だと確信したなつめは、もう一人の目撃者・高校生の春馬と事件を追うが、それをきっかけに女子高生連続猟奇誘拐殺人事件があぶり出されることに。命を狙われながらも、誘拐された女性を助けるために勇敢に犯人に立ち向かうなつめだったが…。
この作品は、原作である『ブラインド』(2011年・韓国)を森淳一監督がリメイクされたもの。主人公なつめを演じる吉岡里帆さんは、今回、ふわっとしたやわらかいイメージや笑顔を封印。2か月の準備期間に、女性警察官、視覚に障害をもった方、盲導犬、トレーナーに会って取材をし、役作りに努めたのだそう。アクションシーンに備えて、背筋を鍛え肉体改造にも取り組んだというのだから、この作品への並々ならぬ意気込みがうかがえる。その様子は、見事に反映されていて、“見えない”という演技がとてもリアルだった。視覚が閉ざされていることで、より研ぎ澄まされる聴覚、嗅覚、触覚…。そして自分を、直感を信じる。目や身体の動き、大切な相棒・盲導犬パルとの行動。パルは常になつめに寄り添い、目としての役割だけでなく、心の部分をもサポートしていた。部屋にいるときも、絶えずなつめを見守っている姿は、愛らしくて癒やしだった。そして、なつめの、もう一人の相棒を演じるのは高杉真宙さん。不思議なほどに高校生役がハマっていて、撮影前に猛特訓したというスケボーが、スピード感、臨場感を高めていた。映像は、息つく間もないほどのスリリングな展開。「ノンストップ・スリラー」とはこういうことか。味のある多彩な役者陣によって、じわじわと深みにはまっていく。要所要所に散りばめられている伏線。何かが起こる、そんな不穏な気配、空気が漂い出すと、躊躇なくそれはやってくる。R15指定の、ぎりぎりのラインで攻め続け、ここまでやるの?と正直目を背けてしまうシーンもあったが、どんどん引き込まれていく。現実でも、何かが起こるときは“そういうとき”だとさえ思った。いつもなら、絶対しないことをしてしまったとき。そんな風に考えながら目の前で繰り広げられる残忍なシーンに耐えるしかなかった。
でも、スリラーのおどろおどろしいイメージが、ほんの少し軽減されているような気がしたのはなぜだろう。それは、もしかしたら里帆さんの聡明さと、真宙さんの美しさのせいかもしれないと思った。映像に浮遊している、深い闇を象徴する重々しい空気のなかで、誘拐された少女を必ず探し出すという、二人の使命・信念が輝いていたからではないだろうか。恐ろしいだけではない、ほんのわずかだけど、とても強い光の部分が見えていたから、それを手繰り寄せるように映像から目を離すことができなかったのだと思う。終盤の約20分。なつめが犯人と対峙するシーンは、恐怖と、安堵で心が震えた。“つながっていたんだ”と思った。まさに伏線の回収! 自分の過失で、視力だけでなく、大切な弟を失い自責の念を抱え続けている、心を無くした抜け殻のようだったなつめが、偶然遭遇した事件によって、本来の姿を取り戻していく。将来に希望を見出せなかった高校生・春馬も然り。二人の中にある、正義感、ブレない芯のようなものが映像を通して伝わってきた。それはこの映画の背骨のようなものなのかもしれない。そして、事件が無事解決したラストシーンに「よかった!」と心から思えるシーンが用意されていた。これは、もしかしたら森監督からのギフトではないだろうか。最後まで観たからこそ与えられたような、このシーンがあったからこそ、私は救われた気がしたし、観てよかったと思えた。
そして、上映後、映画の興奮も冷めやらぬうちに行われた舞台挨拶(T・ジョイ京都)では、京都出身の里帆ちゃんの凱旋とあってひときわ大きな拍手に包まれた。客席からの「おかえりー!」の声に「ただいま~!」と嬉しそうな里帆ちゃん。「観てくれたみなさんとしっかり喫茶店でしゃべりたいくらい!」と言って会場を和ませた。会場にはおばあちゃん、ご家族、おばあちゃんのお友達ご一行、そして多くの友達も観に来ていたそう。そんなアットホームな光景をニコニコと見ている森監督は、とてもこんな恐怖映画を撮った方だとは思えないくらい、ギャップが印象的だった。でもハラハラドキドキするサスペンス、スリラーの部分だけでなく、人間の再生を描きたかったとおっしゃっていたことに納得した。弱者が誰よりもしなやかな強さを持っていて、誰よりも頑張っているんだよって。自分なんてって思っている人へのメッセージも込めた作品なのだと。その言葉は、胸に沁みるものがあった。
里帆ちゃんは、撮影中、一番大変だったシーンを聞かれ、相棒パルと駅を逃走するシーンを挙げた。パルは、実際は、盲導犬の訓練を受けた俳優犬で、本来はとっても人懐こくて遊ぶことが大好き。だから、盲導犬という役に徹するため、撮影中は里帆ちゃんしか触れない、目も合わせないというルールのもと、たくさん練習を重ねたのだそう。撮影に約1週間かかったというこのシーンは、緊張感のあるとても重要なシーンになっていた。そんなことを踏まえながら、もう一回、二回と観るのも面白いかもしれない。京都での学生時代は、演劇を続けるためにいくつもバイトを掛け持ちしていたという話やデビューしてからもしばらくは京都と東京を夜行バスで行き来していたという話を聞いたことがある。この日、里帆ちゃんは、エキストラをしているころからの夢、主演作で京都に帰ってくることができて感無量だと話してくれたが、それは会場も同じ思いだったのではないだろうか。キラキラとした瞳でステージに立つ里帆ちゃんを「おかえり」と迎えることができるのは、とても誇らしくて、会場から「ありがとう!」の声があがっていたからだ。そんな声援に両手を振って応えながら、大歓声のなか舞台挨拶は終了した。
最後に、忘れてはいけないのが17歳のシンガー・みゆなさんの歌う主題歌『ユラレル』。『見えない目撃者』を表現するのにとてもふさわしい名曲。スリラーを上回る見ごたえのある作品をぜひ劇場で目撃してもらえたら。
shino muramoto●京都市在住。雑誌編集・放送局広報を経て、現在はWeb校正をしたり文章を書いたり。先日、飛び込んできた大蔵流狂言師、茂山千作さんの訃報。耳を疑いました。五世を襲名されて、まだ3年。早すぎます。今でも信じられません。しなやかで滑稽味のある、味わいのある演技。いたずらっぽい笑顔と豪快な笑い声。今もずっと心に響いています。ありがとうございました。