今回のエナ武者修行、第3回目の連載は“言葉”がテーマ。
 
人と人がコミュニケーションを取るときに言葉ってとても大切なもの。
選び方や伝え方次第で無限に世界が変わっていく、まるで”言葉”は”色んな世界に繋がる扉”のように私は感じます。
 
そして、日々音楽と向き合っていけばいくほど、メロディやハーモニーと同じくらい、いや時にはそれ以上、歌詞の無限のチカラ、言葉の重要性について考えさせられます。
 
常日頃、日本語と他の言語(特に英語)って、何か違いがあるのかなとも思っていました。もし言語が違っても、伝えたい情景を失わないまま翻訳して歌えるようになれたら、どんな素敵な世界が待ってるんだろう、と。
 
そんな私の疑問を解決&更に修行を叶えてくれた第3回目、フランス文学研究家であり翻訳家である大木勲さんをゲストにお招きし、対談にて今回もお届けいたします。授業では習ったことがない英訳の奥深さなども聞く事が出来ました!
 
 
①
 
 
 
 
 
②【大木勲(おおきいさお)さんプロフィール】
 
上智大学フランス文学科卒業後、東京大学大学院に入学。在学中、フランスに1年、スイスのジュネーブ大学に3年の留学経験がある。
 
現在はフランス文学研究者であり、大学講師としてフランス語と文学を教えている。翻訳家としても活動中。
 
 
 
 
 
 
 
 
Processed with Rookie以前から知り合いだった大木さんに初めて翻訳を頼んだのは約4年前。私のライブ物販で販売してた、アクセサリーの宣材写真に載せる詞の翻訳をお願いしました。(左の写真)
 
翻訳と一緒に解説を送ってくれたんですが、それを見た時、詞の言葉1つ1つに詰めた混沌とした想いまで丁寧に捉え、英語でも細やかな表現が出来るんだ、と感動したことを覚えています。
 
今回は初めて私のオリジナル曲を翻訳していただきましたが、英語の知識がほとんどない私でも、とてもわかりやすく色々なお話をしてくださいました。
 
曲は「片目に涙」ワンコーラス分(曲でいうと1番目)です。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
こちらの歌詞(下の画像の英詞と日本語詞)を元に対談を進めています。
ぜひご覧いただきながらお楽しみください。
 
 
エナ連載3_資料写真
 
 
 
 

1.「片目に涙」を訳してみよう


 
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エナ:今回、私のオリジナル曲の中から大木君に自由に選曲していただきましたが、この曲を選んでいただき嬉しかったです。実は音楽活動を始めた時から歌ってる最初の曲で…。私は20代半ばまで音楽経験がほとんどなく、それがコンプレックスでなかなか以前の環境から音楽の世界に踏み出せず、悶々としてた期間が本当に長かったんです。その時の心模様を元に、この曲が出来たんです。
 
大木:そうなんだ。
 
エナ:自分を信じて前へ踏み出したい気持ちと、それとは裏腹に大きな不安や自信のなさばかりが膨んで、その狭間で葛藤しながら日常を過ごしている、そんな情景を描いた曲です。
 
上野:(題名を)片目にしたのはどうして?
 
エナ:たまたま泣いた時に、不思議と毎回、涙って片目から流れ落ちる事ばかりだなと思った時があって。両目から同時に涙が流れるのって大泣きした時くらいな気がして、なんかそれ面白いなぁと思ったのがきっかけで。
 
 
⑥
 
 
大木:確かに悲しい表情の絵を描く時にも片方だけに涙を描く気がするね。
 
エナ:そうですそうです! “片目から流れる涙”を考えてみた時に、普段は笑顔だったり前向きでいても、実は心の中では泣いている、そんな微妙な表現を表すのにピッタリだと思って。
 
大木:まさにそういうことなんじゃないかな、と僕も感じてたよ。
 
エナ:わー嬉しい!!
 
大木:“片目”という部分が、ただ涙を流す状況を表してるのかもしれないし、あるいはもう片方の目は違う表情をしてる、って意味も含むのかなと。
 
エナ:その通りです!何もお伝えしてないのに、的確に汲み取っていただきありがとうございます。
 
 
 
 

2.「Tears in my eye」“s”1つで変わる情景。


 
大木:涙と言えば両目に浮かぶのが普通のはずで、この曲は片目であることが核心なんだけど、まず「片目」を辞書で引くか機械翻訳にかけたら one eye になる(「一つの」目だから)。ただ、ここでそれを使うと違和感が出る。
 
エナ:はい。
 
大木:映画『007』のタイトルに使われてる For your eyes only は機密事項、つまり「見ていいのはあなたの両目だけ」。このように英語には単数形と複数形があるから、something in my eye.「(片方の)目に何か入った」とsomething in my eyes.「(両方の)目に何か入った」これだけでも伝わるものが変わってくる。
 
 
⑦
 
 
エナ:確かに。何が入ったんだろう、と想像する情景も変わってきますね。
 
大木:曲の話に戻ると、タイトル Tears in my eye を見て “eye” に “s” が付いてないだけで、さっき曲の背景を話してくれたように、「片目からだけ涙が流れてる事」もしくは「感情的に半分の部分では泣いている」って考える事も出来るのかなと。
 
エナ:eyesだと?
 
大木:泣いてるだけ、って風に受け取るんじゃないかなぁ。
 
上野:泣いてるだけ! ちなみに、teartears と複数形で記載されていますが…
 
大木:これは複数形でいいと思うんです。本当に1滴だけじゃないと単数形(tear)にならないんです。
 
エナ:へー!! 何だか英語ってその辺り忠実なんですね。
 
大木:色々伝わっちゃうとは言えるね。「今日友達と〜」って言った時も、1人なのか沢山かも分かるし。で、フランス語だとそれが男か女かも分かっちゃうんだよね。
 
エナ:え! 性別が分かるんですか!? 言葉で?
 
大木:うん、文字で書くと分かる。人の場合なんだけど、友達とか学生とか、会社員っていった場合にも、その人が男か女か分かってしまうんだ。
 
エナ:それフランス語だけなんですか?
 
大木:ヨーロッパの言語は、だいたいそうだよ。
 
一同:へー! 知らなかった。面白い!
 
 
⑧
 
 
 
 

3.「曖昧さ」にこそ、言葉の面白さが詰まってる。


 
上野:ちなみに今回訳す時に迷った所などありますか?
 
大木:迷ったというよりも、すぐ訳を思いついたのがこの曲のサビの部分だったんです。具体的な言葉じゃなく、心情だったりイメージの問題で想像しやすくて。
 
 
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エナ:独特な表現もあるからですかね?
 
大木:うん、独特な部分はあると思う。
 
上野:その曖昧さ、みたいなものも大事にして訳していかないと、この曲の雰囲気は出ない?
 
大木:そうですね。出来るだけ言語が違っても、独特な曖昧さが伝わるような文章を考えるのが大変だったのは、ここら辺(1〜6行目)でしたね。
 
エナ:今回ひとまず文章の意味を重点に置いて大木君に翻訳していただいたんですが、サビ部分が見事にメロディに当てはまるように訳されていて感動しました!
 
大木:メロディ含めてサビがやっぱり思いつきやすかったんだよね。ここからスタートして、この部分に似たような形で最初の6行も仕上げようとしたんだ。
 
エナ:同じ言葉をちゃんと同じ英単語で揃えて下さっていたり、見れば見るほど細かく意識してくれてるのがわかります。
 
 
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エナ:ちなみにサビ7〜11行目全てに aching が入ってますが、どの行動にも悩む心情が含まれていること・心が痛む状況を表すためでしょうか?
 
大木: ache は「うずくような痛み」のことだと思うんだけど、I’m aching to ~ で「~したい」になるのは、まさに身体がうずくというか、何かを叶えたくてうずうずしてる、身体に感じる切実な想いっていうイメージ。それがここに合うような気がしたんだ。
 
エナ:おお!
 
大木:そもそも「悩む」って、心配なのか、不安なのか、対人的な悩みなのか、自分の中の不満なのか…状況によっても違うんですが、一般的に使われるのは worry かと。
 
エナ:そうですね!
 
大木: worry だと「心配している」ですよね。だけど心配している、とはまた違うかなと思って。
 
エナ:確かに。
 
上野:最後の行に a bit of anguish という表現もありますが、 anguish だと worry には無いどんなニュアンスが?
 
大木: anguish になると、場合によっては「深刻な不安」というか。堅苦しい言葉では「煩悶」だったり、「苦悩」「苦難」とか。
 
エナ:それすごくわかります! この単語を選んでくれて凄い嬉しいです。こういった“拭えない悩み”みたいなものをこの曲に詰め込んでいて、それが私には「深刻な不安」とイコールで。ずっと「つきまとう不安」みたいな。
 
大木:だけどその前にa bit「少し」がつく事で、ただの軽い悩みとはまた違う事が伝わるはずなんだよね。
 
エナ:あー! そういうことか…! anguish「深刻な不安・悩み」だけど、このa bit 「少し」を付ける事で、絶妙な曖昧加減、深みみたいなものが出てくるって事ですよね!?(興奮)
 
大木:そうそう。
 
エナ:いやぁ素晴らしい!!(大興奮)
 
大木:そこも伝えたい1つだったし、あとは仕事のストレスとか、具体的な悩みとはまた別のものだと伝わるかもしれないね。worry を使うと、日常的というか特定のストレスみたいなものとして伝わりやすく、anguishの方は痛みと関係してる。
 
エナ:そうかぁ。凄いなぁ。
 
 
 
 

4.何を重視&大切にするかで決まる。


 
上野:英語に翻訳する時、更にどういう年齢の人が歌うのか、そこを考えるだけでもチョイスする言葉も変わってきますよね?
 
大木:それは変わりますね。10代の女の子で、もしもアイドルだったら、その人にあった言葉を選びたくなると思います。その方のキャラクターとかに合わせて。
 
エナ:確かにキュートな人には可愛らしい言葉をイメージするし、色んな選択肢が変わりますよね。
 
大木:その点、こだわりが強い偏執狂的な人は、それよりも「正しい翻訳っていうのは句読点の数も、点が入る部分も、原文と対応させるのが1番忠実な翻訳だ」って言う人がいたりもするし。
 
エナ:へー。それぞれに主張が…。
 
 
⑪
 
 
大木:だからこそ、その人のスキルというか、自分の言いたい事が何か、どれを選びたいか、になってくるんじゃないかな。
 
エナ:正解は無いというか、その人のやり方が正解、みたいな事ですよね。
 
大木:うん。イデオロギーというか、個人のポリシーみたいなものになるんじゃないかな。詩を書く人にしてもそうでしょう?
 
エナ:そうですね。ポリシーもあるし、癖もありますからね。それに曲によってのこだわりとか。この曲はあまりカタカナを使わない方がいいな、季語や綺麗な日本語を使いたい、とか、勝手なポイントはあったりします。
 
大木:更に音楽の歌詞翻訳だと、意味を重視するか、音の響きを最重要とするのかという部分でも違ってくるし。
 
エナ:本当そうですね。
 
大木:代表的なものでは、宇多田ヒカルの「光」には英詞版「Simple and clean」があるけど、聞くとまったくの別作品に感じるんだ。根幹のテーマは共通してるんだろうけど、歌詞の中身は日本語版とは違うみたい。
 
エナ:それはそれで面白いですよね。
 
大木:うん。
 
エナ:宇多田さん、日本語詞だと、ことわざ入れたりするんです。日本語ならではの言葉を意識したり大切にしてるのかもしれないですね。日本語でしか使えない言葉、というか。
 
大木:逆に、歌いやすさとか、よく聴こえるからって理由で歌われてる英詞もありますよね。自分が大切にしたいポイントに合わせて、好きに選んでいけばいいんじゃないかな。
 
 
 
 

5.どうしたら英詞が書けるようになる?


 
上野:もちろん基礎的な英語力って大事だと思いますが、歌詞を書く時の英語力って、会話ができる英語力とはまた別な気がしていて。歌詞を書くための英語力をつける為にやったほうがいい事とかあったりしますか?
 
大木:うーん…簡単には付かないですよね。
 
一同:爆笑
 
上野:そうですよね(笑)。
 
大木:でも難しい事ではないです。それこそ誰かの歌詞とか、ポエム(詩)の作品をひたすら読めば身に付くと思います。で、自分がいいな、と思ったようなものの感覚を身につけていく事は出来るんじゃないかな。
 
エナ:あぁ〜確かに。
 
大木:例えば使われてる文章構造で、自分の言いたい単語を当てはめて変えちゃう、ってやり方も出来るしね。
 
エナ:おお、これはいいこと聞きました!
 
 
⑫
 
 
エナ:今回こうして英訳する時のポイントを教わって、ますます言葉を知っていきたいと思いました。変に難しく考えないで楽しみながら言葉探ししたり、選んでいきたいなと思います。
 
大木:何か聞きたい事があれば、またいつでも。
 
エナ:本当にありがとうございます!! そして大木君が翻訳してくれた「片目に涙」のサビ、メロディとバッチリだったので、いずれどこかで歌を披露する目標も出来ました。これから本当に楽しみです。
 
 
⑬
 
 
 
 

最後にエナから大木さんへ


4年前、翻訳と共にとても分かりやすい解説が書かれたデータを読んだ時の気持ち、今でも覚えてます。


あの日から英詞の見方が変わって、更に言葉に興味を持ちました。「難しいもの」では無く「可能性のあるもの」に。もっともっと知ることができたらどんなに楽しいだろう、と視野も広がり、それが本当に嬉しくて。


なんと今回も、翻訳だけではなく、事前に解説&私が今回聞きたい質問に対して、丁寧に書かれた資料も用意してくれて、感謝しきれません。全部載せれなかったのが本当に申し訳なく残念ですが…私得です。面白かったー!!


気兼ねなくこんなに色んな質問が出来るのは、大木さんがいつもとっても真摯(紳士)で自然体で、広く優しい方だからです。そしてびっくりするほど何でも応えてくれる(笑)。


改めていつか大木さんに曲の翻訳依頼をして歌いたいです。皆さま、その時がきたらぜひ聴いてくれたら嬉しいです。丁寧にいろんな情景込めてお届けしますからね。

 
 
 
 


 
 
 
ena_yumeco_0_photoエナ●歌手 / 作詞作曲家。3月16日生まれ。北海道中標津町出身。心のまま音楽をつくる為に服飾関係の仕事を辞め、2013年5月から歌手として始動。自身の心に耳を傾け紡いだ等身大の歌は素直で温かく、雪解け水や澄み渡った大空のような自然のままを感じさせる。Liveでは毎回、様々なミュージシャンをサポートに迎え、繊細に感情を詰め込んだ詞曲でカラフルに音世界(ストーリー)を描いていく。自身のライブの他、学祭、フェス等に出演中。
HP: http://ena-official.com