4月ですね。新元号が「令和」と発表されました。平成もあと半月、そして、2017年にスタートしたこの連載も3年目に入りました。これも読んでくださる皆さまのおかげです。毎回、文章を思うままに書き綴っては消し、また書いては消して、自分の想いにより近い、しっくりくる言葉を探しだす作業が私はとても好きです。誰かが言った言葉やネットに氾濫している、手垢のついた言葉ではなく、私らしい志(こころざし)のある言葉をこれからも紡いでいけたらと思っています。いつもありがとうございます。


先日(3月22、23日)、東京・日本橋三井ホールで開催された中村 中(なかむら あたる)さんの「箱庭-NEW GAME-」は、私のそんなささやかな想いが、中さんからも語られた感無量のステージでした。白を基調とした衣装で登場した中さん。美しい七色の声が静かにたゆたう「廃墟の森」は、誰の姿もない、無機質な場所に迷い込んでしまったような、おどろおどろしい、ぞわぞわした感じを体感する。中さんが信頼する演奏家たちが、中さんの奥深い世界を表現していく。バイオリンのように弓でギターの弦を震わせる、心も震えたオープニング。これはすごいステージになる。ぐいぐいと引きづりこまれていった。


2曲目は「羊の群れ」。集団で生活する寂しがりやの羊だけど、それぞれ想いがあって各々が立ち上がる姿を想像した。大地を踏み鳴らしてハンドクラップ、そして熱い心のうちを表明するかのような叫びは力強い。アルバム『るつぼ』には、最近の世の中のおかしなことが歌われている。明かりが煌々とついた眠らない街=眠れない人たちの声を歌う「不夜城」。「蜘蛛の巣」では、インターネットやSNSによる闇の部分が描かれている。匿名で誰かを攻撃する不思議、誰かの文章や映像などを、コピー&ペーストすることに何も感じない不思議…。価値観は多様化しているけれど、人と同じでなければならないという思い込みが根強く残っているのも事実。中さんは、SMAPの「世界に一つだけの花」を挙げ、みながオンリーワンなのだと語った。


また、昨年の夏「LGBTには生産性がない」という心無い発言に相当胸を痛めたことを話し、言葉を扱う人は、相手がどう思うか、想像力の必要性と、言葉を選ぶべきだと配慮の欠如を指摘した。以前は、人生っていうのは難しいもので、楽しいことなんてないと、いろいろなことをあきらめなくてはいけないと思っていたと。そんな考え方が古いといわれるような、新しい時代を願って歌われた「友達の歌」は、ただ純粋に、誰かを想う尊さに胸を打たれた。きっと私には計り知れない想いもたくさんあったのだと思う。中さんの詩と呼応し伴走するラップスティールの音色が、ただただ美しかった。

箱庭

白いチュールスカートで、時折美しいシルエットがライトに照らされる。実はこのライブの前日まで、舞台をやっていたというタフな中さん。ステージを左右行き来して、観客に全身全霊で訴える姿はまるで一人舞台。これが中村 中だと言わんばかりの「駆け足の生き様」「事勿れ主義」は、会場をも巻き込んでの大盛り上がり、圧巻のステージだった。本編ラスト曲「孤独を歩こう」は、これまでのモヤモヤを吹き飛ばす、解放的なロックチューン。『るつぼ』のラストを飾る曲で、自分の好きなもの、愛したものを、誰に何を言われようとも守ってほしいという中さんのメッセージ、生命力に涙が出た。魂が喜ぶとは、きっとこういうことを言うのだろう。中さんの、この空間に放たれた言葉の一つひとつが、魂から魂へと届けられ、すっと浄化されていくような感覚。中さんには、目には見えない、そんな力があるような気がする。


そして、アンコールのラストで美しいピアノの音色に乗せて歌われた「たびびと」。これは、震災等いろいろな事情で、ふるさとを離れている人、新しい生き方をすることになった人、すべての人にエールを送りたくて書いた曲なのだそう。中さんの澄んだ声は温かくて優しくて、「次にお会いできるときも笑顔で会いましょう」と微笑んだ中さんの顔は、まるで菩薩のようだった。


ライブから1週間後、今度は大阪で、シンガーソングライターのLOVEさんと中さんの弾き語りライブがあり、終演後、短い時間だったが握手会が行われた。私を見てくれる中さんの瞳は、とてもとてもまっすぐだった。私は、中さんのように、揺るがない心で生きてきただろうか。これが私ですって、誇れる自分なのだろうか。思わず自分に問いかけてしまうくらい、その瞳は美しかった。まるで私の心が見透かされているのではないかと思うくらい、嘘のない視線がまぶしかった。生きることに真剣で、揺るぎない信念が、しなやかな中さんの背骨になっているのかもしれないな。いつ
も、限りない優しさを届けてくれる中さんに、今度は私たちが想いを伝える番だと思っている。中さんを目の前にすると、まぶしすぎてうまく伝えられないけれど、この記事が、そんな想いを伝えるひとつになればいいなと願いながら。

 
 

 
 
 


 
 
 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。雑誌編集・放送局広報を経て、現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日のイチローさんの引退発表、こみ上げるものがあった人も多かったのではないでしょうか?イチローさんの言葉、一つひとつを聞きもらしたくないと思いました。「はかりは自分の中にある。少しずつの積み重ねでしか、自分を超えていけない」。本当に人柄があふれている、いい会見、きっと記者さんたちも、イチローさんに促されても名残惜しかったんだろうな。