この原稿を書いている今日、6月最終週になってようやく梅雨らしくなってきました。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。日ごろから雨が降りそうなときや海に近づいたときなど水の気配をいち早く察知して反応する私の髪の毛は、この時期は湿気探知機と化しております!
今回はめずらしくこの時期に行われた斉藤和義さんの弾き語りツアー『雨に歌えば』の関西公演(神戸、滋賀、大阪)の様子をご紹介したいと思います。
 
もともとはギターで曲を作ることが多いという和義さん。ふだん、出来上がった曲にアレンジという“化粧”をしてバンドサウンドにしているけど、たまには、“化粧”をはがして、曲として成立しているのかを確かめたくなるのだそうです。でも一般的な“弾き語り”では終わらないのが和義さん流。2012年以来の弾き語りツアー、今回もきっと、多種多彩なギターコレクションから選りすぐりのギターを駆使し、私たちの想像を超える世界を披露してくれるはず。
 
大きな窓のある部屋をイメージしたセット。白っぽいスーツ(今回、白と黒の2パターンあったそうです)ではにかみながらステージに現れた和義さんが、センターに座って「やさしくなりたい」をじゃかじゃかと演奏し始めた途端、冷静に双眼鏡をのぞいていたはずがなぜかたまらなくなって涙。実はチケットが取れず直前に譲っていただいて急遽参加することができた神戸(5月23日神戸国際会館こくさいホール)、和義さんが弾き語りに挑む気迫のようなものも伝わってきて感無量でした。心のなかは「かっこいい!」で溢れていて、初回の記事で和義さんへの想いを熟年夫婦にたとえた私ですが、ライブ開始早々撤回しました(笑)。
 
続く「Are you ready?」では足元を踏みならしながら骨っぽい迫力のある演奏。実は和義さんの足元にはエフェクターのほかにさまざまな機材が並んでいて、ペダルを踏んでミニタンバリンを鳴らしたり、ダンボールの上をドンドンと踏んでバスドラムっぽさを出したりして、何人もいるような感じを出しているという一人ちんどん屋状態。感心していたら、やはり「大変なんですよ~」と和義さん。それは一人で何役もこなしていることだけでなく、会場のみんなの視線が自分に集まっていることも一人ならではのプレッシャーのようで、時々「ほら、またみんな見てる! 見ないで~」とはずかしがる和義さんが可愛い。
 
1曲ずつギターを持ち替えるたびにそのギターの説明をしてくれたり、ライナーノーツのように曲の解説をしてくれたりすることも弾き語りならではの楽しみ。たとえば、12弦ギターでの「メトロに乗って」。(和義さん曰く)「50年生きてきてけがれた心を洗い流すような」その繊細で美しい音色を聴かせてくれたり、東京を舞台にしたこの曲を、神戸では「東京の歌は…神戸の人は興味ないんでしょうね」と言ってみたり、滋賀(6月4日滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール)では「ピンと来ないかもしれませんが」、大阪(6月7日フェスティバルホール)では「東京は…嫌いなんでしょ(笑)」と会場ごとにバリエーションを変えて笑いをとったり。また、曲を飛ばしてしまい「こういうとき一人だとばれないよね」と笑ったあとで「照明さんやスタッフのみんなは慌てただろうね」と気遣うシーンも。
 
和義さんのこだわりや工夫が随所に散りばめられている。まず最初のサプライズはピアノバージョンの「歌うたいのバラッド」。いつかこの曲をピアノでやってみたいと思っていたけれど、いざやってみると“なんじゃ、これ!”というコード進行になっていて自分の曲でありながらとても難しかったのだそうだ。「完成度は低いです」とあらかじめ言い訳をしておいて「だがしかし! このチャレンジ精神を買っていただきたい」と。そして「だからみなさん……耳をふさいでいてください」。笑ってしまいました。和義さんの笑いのセンス好きだなぁ。私たちはこの大切で大好きな曲を、初のピアノバージョンで聴けることだけでも感動しているのに。「歌うたいのバラッド」はまだ学園祭にもよく出ていたころでちょうど20年前に発売された曲。ブレイクするきっかけになると思ったことや当時知り合った和義さんファンの方に、2年前の阪神淡路大震災で亡くした友だちが私と同じ名前で何かご縁を感じると言われたこと。この神戸で志半ばで亡くなった“しのさん”のことを想いながら聴いた「歌うたいのバラッド」は特別で、弾き終わったあとほっとしたように「ケッコウ、うまくいったかも」と笑う和義さんを見つめながら、どの曲にも聴く人の数だけのドラマがあるのだと思いました。
 

 
また、驚かされたのは和義さん自作のギターが2本も登場したこと。その1本は「“この曲”を弾き語りツアーで演奏したくて」と製作したというベースとギターのダブルネックギター! 2本のベースとギターをそれぞれ切ってくっつけたところチューニングがしづらくて、一度外してネックの辺りをVの字のようにしたとか厚みをそろえるためにベースの裏を削ったら今度は削りすぎてペランペランになってバランスが悪くなったとか、おまけに製作中ぎっくり腰になってしまったのだとか(笑)。でもその工程を熱く語ってくれる和義さんは、とっても楽しそうで嬉しそうで微笑ましくてたまらなかった。まさか弾き語りで聴くことができるとは思ってなかった「いたいけな秋」。苦労とアイデアを重ねて完成したダブルネックギターとループサンプラーによって披露されたこの曲は、ほかのどの曲よりもかっこよくてひと際異彩を放っていました。
 
ステージ上を華やかに彩るブルーやピンクなどのライトも綺麗で目を奪われる。そしてずっと着席して聴いていた弾き語りも、そろそろ立ち上がりたい衝動にかられる後半戦。「カーラジオ」からは立ち上がって盛り上がる。「いろいろ大変なことはあるけど、大切なのはロックンロールだぜ!」と軽快にハワイアンな音色を奏でる「行き先は未来」では弾き語りだということをすっかり忘れてしまったくらい。
 
アンコールのラストは和義さんのウクレレで、みんなで歌った「ギター」。
 
淋しい時にはギターを弾こうよ 下手でもいいから 願いを込めて
 
あたたかくて優しくて…この曲を聴くと、たとえば、大丈夫と強がっていてもすべて見透かされているような気がする。すっぽりと包み込まれているような安心感漂う大好きな曲を聴きながら、ふだんのツアーとはひと味違う、楽器(もの作り)への熱量や職人気質ぶり、ステージ以外の日常を過ごす等身大の和義さんに触れたような、とても大切なことを和義さんから教わったような気がした。完成度は低いと謙遜したりはずかしがったり、急に立ち上がってちょっとよろめいたりする姿もすべてさらけ出す。さらけ出せるのはある意味自信がないとできないことで、潔さとゆるゆる感、可愛げを味方につけた和義さんは無敵だ。
 
どの瞬間を思い出してみても、彩り豊かなギターの音色と和義さんのはにかんだ顔が浮かんでは幸せが溢れてきて、じわじわと胸がいっぱいになる。そしていつも最高を更新していく。
 
この先、憂鬱なはずの梅雨を想うとき、「これ、いいでしょ」と嬉しそうにギターを自慢する和義さんとこの“雨に歌えば”のツアーを思い出すのだろう。きっと雨粒も水を得て自由気ままにうねる髪の毛さえも愛おしく感じるはずだ。
 
 
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shinomuramotoshino muramoto●京都市在住。雑誌編集・放送局広報を経て、現在は校正士、時々物書き。今回の和義さんの弾き語りで聴いた「メトロに乗って」はどこか懐かしくて優しくて情景が浮かんで泣きそうになる曲。“明日が来るなんて 誰もわからないんだ” この言葉がゆらゆらと深くココロを揺らしています。