春ですね! 今年もお花見に行ってないですが、私は元気です。それどころか4月が終わりますね…。通勤途中に一本だけポツンと生えている桜が開花したのは3月の半ばで、あの子すごい生き急いでたんだ、4月になる頃には散り始め、葉が生えてきていたから。置いていかないで〜と毎日見上げては思っていたのでした。
さて今回も、音楽の話を。遡ること2/27に東京は新宿BLAZEで竹原ピストル(ズ)のワンマンショーを観てきました。竹原ピストルさんは昨年10月に発売したアルバム『BEST BOUT』でメジャーデビューを果たし、直後から翌年1月までまずはこれまで歌い歩いてきた各所へのお礼参り的に弾き語りで全都道府県・56公演、その後(ズ)で9公演のワンマンショーを行い、この日はそのファイナルだったのです。バンドメンバーはVo / G竹原ピストル、G 曽根巧、B 黒田元浩、Key 山本健太、Dr 山口美代子で、昨年8月にもこのメンバーでやってたんですが、それには行けずでした。ピストルさんは全公演を終えた後もたいして休まずイベントが続き、スケジュールを拝見する限りでは今ようやくライブがひと段落しているところでしょうか。
私はこの日を心底待ち焦がれていた。仕事を強引に終えてダッシュで電車に乗り込んで、乗り換えも新宿に着いてからもとにかく全力で走り続け、それでも開演にはどうしても間に合わない時間だったから、チケットをもぎられる数秒ですら惜しくてたまらなかった。はやる気持ちを抑え、待ちきれずに脱皮した中身が前に飛んで行ってしまいそうになりながら会場のドアを開けると、まだ出囃子の「どさまわり数え唄」が鳴っていて、本編が始まっていなかったことが本当に嬉しくて八百万の神様に感謝を捧げ…るか捧げないかの間にメンバーが入場、そのまま間隔をあけずに始まったのが大名曲の「LIVE IN 和歌山」でした。この曲すごいんですよ、「生きろ!」っていうほとんど怒鳴ってる声、怒鳴り声なんだけど超優しいその言葉が、滝に打たれるように顔面に往復ビンタをくらい続けてるように、とにかく逃げられないくらいその言葉が降りかかってくるんです。「生きろ」って他人に言うことの重み、それ以上の温もり、それがまっすぐ本当にまっすぐ向かってきて、私はもうしょっぱなから泣きました(「おいまたこいつ泣いたぞ」と思われるかもしれませんが…!)。
泣いたとか可愛いもんじゃないです、号泣でした。「LIVE IN 和歌山」は、その名の通り和歌山のライブのときに観に来たあるお客さんに向けて歌った曲で、「俺精神病なんですよ」って打ち明けたお客さんに対して、ピストルさんは変に優しくするわけでもなく、同情するわけでもなく、特別視するわけでもなく、ただ「薬づけでも生きろ」って歌う。「どうせ人間 誰もがなんらかづけで 生きてるんだ 大差ねぇよ」って。ピストルさんの言葉がなんでこんなに刺さってくるんだって、それは自分の足で日本列島津々浦々、年間250〜300本というペースで文字通りギター1本だけ背負って行脚して、そこで出会った一人ひとりの人たちと全力で向かい合って、それが心にも細胞にも刻み込まれ自分自身の一部となり、今のピストルさんが形成されてるからだと思うんですよね。
で、冒頭から1曲終わるごとに「これが最後の曲っすか」ってくらいの大歓声と拍手がフロアには鳴り響いてました。ピークか、今が本日の最高潮かってくらい。最初からぶち抜きですごかった。周りを見渡すと、本当にいろんな種類の人たちが居て、こんな暑苦しいにーちゃんの歌とどこで出会ったんですかって尋ねたくなるかわいらしいお嬢さん、昔から愛してんだろうなあっていう強そうなお兄ちゃん、自分が好きすぎてウッカリ中学生くらいのお子さん連れてきたであろうお父ちゃんお母ちゃん、きっと昔から惚れ込んで聴き続けているんだろうなっていう、私と同年代かもっともっと年上の諸先輩方、外国人の集団もいたし、パッと見じゃいったい誰のライブかわからない(笑)。でもみんな優しい目をして聴いてるの。その拍手には「メジャーおめでとう!」っていう激励、「ピストルさんありがとう」っていう彼の歌に救われてんだろうなっていう感謝の塊、それから、義兄弟みたいな心の杯かわしましたみたいなちょっとやそっとじゃ解けないような絆で結ばれているような、なんかこう、とにかく並々ならぬつながりが、その拍手には含まれてたんですよね。気持ち悪い? 大げさすぎる? いやでもこれ、本当にそこで感じて、泣きながらメモったので今盛ったんじゃないです。
中盤に差し掛かる頃、野狐禅時代の「不完全熱唱」をやりました。これまでもソロになってからもやってる曲だけど、よくよく聴いてて、そうかこの人は、いつだってもっと先を、もっと上を目指してたんだなって、改めて気付かされた。「上」や「先」ってじゃあどこなのよって、それはまあやってる本人じゃないと厳密にはわからないけど、少なくとも言えるのは今いるところよりももっと広くて高い場所に出ていくことで、彼の歌が届く人が増えるっていうこと。単純にそういうことで、そりゃそこ追い求めるよねって、ピストルさんの曲を聴いていれば、いつだってそこを刺すような目で見つめ続けていたよねって思いました。「学校で人気者になりたい」とか、「みんなの前で歌を披露して盛り上がったときの感覚が忘れられなかった」とか、それが原点だとMCでもよく言ってますが、その気持ちを持ち続けつつ、歩き続けるうちにどんどん背負うものだって増えたと思う。御歳・37での再メジャーデビュー。それ自体を手にしたこともすごいことだし、諦めたら終わりだけど諦めなければずっと目指していい、いいんだけど目指していればいいっていうわけじゃなくて。ってもうあれだね私ピストルさんに感化されたのか(失礼)1音符あたりの言葉数が多すぎですね、ごめんなさいね…。
ピストルさんはこの日の最後の方で、「今日がこれまでの最多動員」「これからもしつこく、しっつこく往生際悪くがんばっていきます」って言ってた。それから、ある意味では確立されて揺るぎないものとなっていた「竹原ピストル」という歌い手の存在は、悪く言えば凝り固まっていた、とも表現していた。(ズ)でバンドとしてやることにより、ひとりでプレイするのではなくメンバー5人でひとつのものを作っていくことで柔軟に、かつ一度自身の存在をリセットする意味合いもあった、と。リセットしてゼロになるんじゃなくて、ひとまわりもふたまわりもさらに強くなって、この人はいったいどこまでいくつもりなんだろう。私だって普段ピストルさんの歌ばっかり聴いているわけじゃないけれど、今となってはピストルさんを知らなかった頃の自分になんて戻れっこない。
すでに制作にとりかかっている次回作に入るという新曲などを挟みつつ、野狐禅からずっとやってる名曲「カモメ」で本編の幕を下ろしたあと、鳴り止まないアンコール再登場して中島みゆきの大名曲「ファイト!」のカバーと「マイメン」で本当に本当にこのツアーを締めくくり、客電が点いて、夢から醒めたような気持ちにさせられながら、やっぱり興奮をどうしても抑えきれないお客さんのすごい歓声と拍手が止まらなくて、なんと、ピストルさんがひとりでまたステージに出てきた。「メンバーが行ってきていいよっていうから」とはにかみながら、自分とギターだけという彼の原点の姿で立ち、「ドサ回り数え唄」を文字通り熱唱して、今度こそ本当にステージを後にしました。
竹原ピストルさんの生い立ちや、どんな学生だったか、野狐禅からこれまで普段何を考えどうやって生きてきて、何を背負って、誰を裏切って、誰を救って、何に救われて、どこを目指して、何を愛でて、もしかしたらめちゃくちゃろくでなしかもしれないし、とにかく彼自身の真実なんて何もしらないけど、竹原ピストルという歌い手がここにいて、ステージで歌うその姿は丸裸でそのものの存在でしかなくて、これまでもそうだったしきっとこれからもそうなのだろうと思えて、それがとにかく尊くて仕方ない。もし近所に住む少年が進路に迷ってグレかけたりしたら、「ちょっとお姉さん(notおばさん)についてきなさい」っつって、無理やり引きずってでもライブに連れて行きたいと思っています。
高揚感をどうすることもできず、ライブハウスを出た私はそのまま歌舞伎町のはずれにあるバッティングセンターに向かいました。どんくさいので80kmのレーンが限界でしたが、まったく腰の使い方がなってないままフルスイングで背中が痛くなったりして、我ながらバカだなあと思いながら300円で26球。今はもうほとんどの場合ひとりでライブを観に行っているから慣れているけど、感想を言い合えないっていうか、この気持ちを分かり合える人が隣にいないことがこんなに辛いなんて思いもよらなかった! それでは大変遅ればせながら、新年度もがんばっていきまっしょいエヴリワン。
かかってこい5月病!
RAIN (Short Ver.)
竹原ピストル OFFICIAL WEBSITE
http://www.office-augusta.com/pistol/index.html
いとうさわこ●12ヶ月病の30歳OLです。ライブを見てから書いてご覧いただくまでえらい時間があいてしまったのですが、書き残しておきたかったので、書き残しました。あなたもきっといつか、日本のどこかで竹原ピストルさんの歌に出会う日がくるでしょう。予言です。いろんな一年生のみなさん、新しい毎日にふと疲れを感じたときは、「まだやれる」って思って頑張るのもいいけど、ひと息入れることを忘れずに。それから、『BEST BOUT』に収録されている「東京一年生」を聴きましょう。かしこ。