横浜アリーナで[Champagne]を観た。
何を言っているんだと思った人、正しい。彼らはそんな所でライヴをしたことなどない。私が行ったのは2012年6月30日に行われたツアー『Schwarzenegger』の追加公演、SHIBUYA-AXだ。じゃあ何で横浜アリーナなんてホラをふいたのか? いや、ホラでもないんだって。「Kids」で飛び交うレーザーと踊り狂う人々。人々との繋がりを願うかのように奏でられた「真夜中」。本編ラストの2曲で鳴らされたバンドのサウンドは明らかにライヴハウスのキャパシティを超えていた。屋根も壁も吹っ飛ばされていた。だから横長のスクリーンを背負って立つ4人が、数万人規模の会場のステージ上にいるように見えたのだ。
無国籍なサウンド。日本語と英語を自由自在に行き来するヴォーカル。掴めない展開。そして、絶対的な自信。「何だか面白そうだから乗っかってみよう」と興味本位で手を出した形だった。しかし3rdアルバム『Schwarzenegger』にすっかりやられてしまって、あわてて追加公演のチケットを買い、いざ行ってみたら、とんでもない景色を見せられてしまった。それ以来このバンドの虜だ。夢の諦め方しか知らない私が決して見られない景色を、強烈な野心で以て見せつけるバンド――それが[Champagne]。自分にないものを持っている彼らに惹かれ、もっとすごい景色を見せてもらいたいと思った。
そんな彼らの4thアルバム『Me No Do Karate.』で、昨年のあの景色は幻ではなかったと改めて確信した。視界がグンと広がり、バンドとして何倍も強くなった。今までとの大きな相違点をふたつ挙げたい。ひとつは、悔しさが滲み出ていること。血が出そうなほど唇を強く噛みしめている全13曲のど真ん中を貫くのは、それでもカッコよくありたいという、ロックスターとしての渾身の強がり。「Wanna Get Out」のサビでは〈此処から抜け出したい〉という切実な願いが繰り返される。このフレーズが象徴するように、決して明るい内容の曲ではない。それにもかかわらず、あとに続くのは〈ターキッシュ・ディライトを食べる為に〉。曲調が目まぐるしく変わるぶっ飛んだ構成や、イントロとアウトロでのコッテコテの中国風ギターには笑いが込み上げてくる。シリアスな内容にもかかわらず案外ふざけているのだ。「涙がこぼれそう」では最後に〈なんでもない〉と唄って、涙目の自分をヒョイと押しのける。「Starrrrrrr」で〈傷付きながら 己の歌を刻んでいく〉と唄うのはきっと傷痕が消えないから。「Kick&Spin」で〈笑われたなら 笑い返せば良い〉と唄うのは笑われた過去があるからだろう。立っている時には胸を張る。今までだってそうだったけど、倒れてもすぐに起き上がって、何食わぬ顔していつも以上に胸を張るのが今の[Champagne]。サウンドのスケールが大きくなったから、悔しさを唄ってもそれは弱音に成り下がらず、昇華する。これまでの蒼さゆえの根拠のない野心が、苦味を噛みしめて、それでも握りしめ続ける野心となった。
もうひとつは、歌が強くなったこと。今までの曲では歌が複雑なアレンジに包まれていたり、川上(ヴォーカル&ギター)以外には乗り込なせなさそうな細かい動きをしていて、なかなかダイレクトに耳に入ってこなかった。しかし『Me No Do Karate.』の全曲で先頭に立っているのは歌であり、それを引き立てるようなアレンジが施されている。1曲目「Rise」の冒頭がサポートメンバーによるピアノの音から始まっていることやインストトラックがないこと、打ち込みを取り入れたことなどからそれが察せられる。一ひねり加えるためのアレンジではない。すべては歌のためという、歌至上主義。そしてそのメロディーラインはいつになくシンプルかつキャッチーで、口ずさみやすいものになっている。よって〈あのバンドのあの歌〉がリスナーにとっての〈私の歌〉になりえるのだ。
だから、デビュー当時から唄い続ける〈世界一になりたい〉という野心が、圧倒的な強度を持ちつつ、私たちとは根本的に性格が違う、得体のしれない人たちのそれではなくなった。案外、この野心って彼ら特有のものではなくて、私たちのなかにもあるのかもしれない。
周りのせいにばかりしてきたけど、私を殺したのは私自身だったのかもしれない。
電車を降りてイヤホンを外したら、自然と背筋が伸びた。私の夢は、音楽ライターとして生活をしていくことだ。それを両親に言ったことがなかった、反対されるのが嫌だから、というのは建前で、所詮反対されたら崩れる程度の脆さだったからだ。しかし、夢の強度を上げるためには、己の言葉が、生きた言葉が必要だ。かけがえのないロックスターたちがそう教えてくれた。それなら、やることは決まっているでしょ。家に着いたらリビングの明かりがついていた。父も母も帰ってきている。これからの[Champagne]の背中についていく理由は、未知なる景色を見せてもらうためではなくて、そこに自分も連れていってもらうため、だな。一段高いステージを口を開けて見上げるのではなく、[Champagne]というバンドに身を託して、声高らかに〈Stay together〉と叫ぶんだ。そんなことを考えながら、一番好きな音楽雑誌を携えて、リビングのど真ん中に正座した。
「あのさ、話があるんだけど」
はちすか・ちなみ●1992年5月2日生まれ。AB型。人一倍頑固でひねくれ者。横浜から都内の大学へ通う毎日。大好きな音楽を求めてライヴハウスに行くも、前でわいわい騒げるタチでもなく、かといって後ろで冷静に腕組みなんてしていられない。だから想いをそっと持ち帰って、書くことで居場所を作っているらしいです。こないだ酔っぱらった私がそう言ってました(なぜか記憶だけは鮮明に残っているのがすごく嫌だ…)。NICO Touches the Walls、[Champagne]、スキマスイッチ、GOOD ON THE REELなどが好き。