5枚目のアルバムというものをどうしても重視してしまう。ほとんどのアーティストは3枚アルバムを作れるくらいの曲数を持ってデビューし、そこで〈自分らしさ〉の輪郭を作る。だから3枚目がリリースされた頃にはパブリックイメージも出来上がってくる。そのあとの4枚目は変化作だ(もちろんそうじゃない場合もあるが、ここで変化をせず平坦なままだと個人的にあまり惹かれない。飽きる)。そして5枚目では、彼らがどんな音を鳴らして歳をとっていくのかが、見えてくる。

NICO Touches the Wallsが5thアルバム『Shout to the Walls!』をリリースした。大好きなバンドだから、聴くまでは期待ではなく緊張が心のなかを占拠していた。というのも、4thアルバム『HUMANIA』があまりにもたくさんのジャンルの音楽を扱ったものだったからだ。『HUMANIA』、そしてそれに伴うツアーを通して、ニコはどのジャンルにも挑める器用なバンドであると同時に、下手したらどのジャンルにおいても秀でた存在になれない不器用なバンドだと思った。光村(ヴォーカル&ギター)に様々な曲を書ける才能があるがゆえ、生じる危険性だと思うが。

とはいえ、いくら曲が多彩だろうとニコにもアイデンティティはあるし、彼ら自身もそれには気づいていたと思う。実際メンバーはよくインタビューなどで、インディーズ期の曲も最近の曲も結局は同じだとか言っていた。ニコの曲すべてを貫く芯のようなものがあるとしたら、それがきっとニコのアイデンティティ。しかし、彼らはそれが何なのかを明確に口にしたことはなかった。言わなかった、というよりかは言えなかったのだろう。存在には気づいていても、正体は分からなかったのだろう。

 

「壁」(インディーズ期のミニアルバム『runova×handover』収録)では〈理想を追い現実を憂い その間に揺れながら〉と唄い、今回収録されている「Mr.ECHO」では〈照らしてよ 出口はどこだ 無我夢中で探してる〉と唄った。はち切れそうなサウンドと、いつも報われなくて何かに必死な歌詞。あのヒリヒリした感じを何と呼ぼうか。5thアルバム『Shout to the Walls!』で彼らはそれを〈壁〉と名づけた。

人というものは、形のないものをなかなか信じられないし、名前のないものを疑いがちである。足掻くことを自らの運命として背負い、それを王道ど真ん中のロックで掻き鳴らす。アイデンティティに名前をつけることができたニコは、ひとつ大人になった。

しかし、大人になったと同時に少年に戻っている。挑戦と蒼さがあるのだ。メンバー全員が作詞をしているということ。「アビダルマ」でのラップや「ストロベリーガール」でのとんでもない変拍子。光村が中学生のころに書いたという「ランナー」は、コード進行や歌詞が直球ど真ん中すぎてかつてなく清々しい。ラストも大人しく幕を閉じずに「damaged goods~紫煙鎮魂歌~」であと片づけをせずにどこかへ行ってしまう。曲ひとつひとつの我が強いからごちゃごちゃしていて、好き勝手やっている感じがまだまだ若い。肉を食べたあとに肉を食べ、それでもまた肉を食べるかのような、若さ溢れる無茶。

ニコのあの、歳不相応の妙な老成感と年相応のがむしゃらさが好きだった。悟ったような顔をしていて精神年齢高そうなのに、俺に気づいてくれとばかりにじたばたしていて、実は全然悟ってなんかいない、あのアンバランスさ。クソ生意気そうだし面倒くさそうだけど、何だかほっとけなくて。『Shout to the Walls!』にはそれらが両方ともある。だから一周回って帰ってきたんだなあと思った。

 

〈壁〉ということは、もがきながら叫ぶということは、自分の弱い部分にとことん向き合うということ。心の奥の方にあるカサブタを剥ぐ作業だと思う。自分の奥のドロドロとしたよく分からないところへ手を突っ込んで、気持ち悪い感触にうなされ、ものすごい異臭が腕にこびりついてでも、その蓋を自らの手でこじ開ける作業。そりゃ痛いだろうし、涙も鼻水も出る。傷跡だってなかなか消えないだろう。でも、その時に出る血の美しさに一度気づいてしまったら、やっぱりずっと魅せられていたい。〈いっそ逃げてみようか そう思えば思うほど 薄汚れた強がりが胸を木霊しはじめる〉(「Mr.ECHO」より引用)と唄うニコは、そこでしか鳴らすことができないのだろう。つくづく面倒くさそうな工程だ。だけど彼らの音楽を聴いていると、その血に共鳴するかのように、自分の心の奥の方が痛いほど疼く。グッとくる。だから離れられないし、大好きなバンドに対して「もっと苦しめ」と、ひどいことを言いたくなってしまうのだ。まあ、誰に何を言われようとそこにいるのが〈俺〉ならば、貫くことこそがロックだろ。〈あれは俺だ、これも俺だ、きっと全部俺だ〉とどこか翻弄されていたニコは、5thアルバム『Shout to the Walls!』で〈壁〉という己の芯を自覚し、〈俺は俺だ〉と言える強さを手に入れた。きっとこれからも〈壁〉に向かって叫んでいく。ニコはそうやって、ガキのように開き直りながら、かつ相変わらずもがきながら、歳をとっていくだろう。それは絶対的な〈カッコよさ〉とは違うし、もしかしたら無様かもしれない。しかし、その姿がロックバンドとして健全すぎるものであることを祝福したい。

 

 

はちすか・ちなみ●1992年5月2日生まれ。AB型。人一倍頑固でひねくれ者。横浜から都内の大学へ通う毎日。大好きな音楽を求めてライヴハウスに行くも、前でわいわい騒げるタチでもなく、かといって後ろで冷静に腕組みなんてしていられない。だから想いをそっと持ち帰って、書くことで居場所を作っているらしいです。こないだ酔っぱらった私がそう言ってました(なぜか記憶だけは鮮明に残っているのがすごく嫌だ…)。NICO Touches the Walls、[Champagne]、スキマスイッチ、GOOD ON THE REELなどが好き。