まずは、能登半島地震で被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。私の滋賀の実家もかなり揺れて、今まで体験したことがないほどの横揺れに恐怖を感じました。これまで以上に災害に備えること、そして自分にできることをしっかりとやっていきたいと思っています。皆さまに1日も早く心休まる穏やかな日々が戻ってくることを祈っております。
今回は、大阪で行われたM&Oplaysプロデュース『リムジン』(倉持裕さん作・演出)の千穐楽(12月17日 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ)のようすをお届けしたいと思います。東京・下北沢の本多劇場からスタートした『リムジン』は本来なら2020年5月に上演予定だった作品。当時、チケットはすでに手元にあったものの延期となり、泣く泣く払い戻しをしたことをよく覚えています。あれから約3年。当時と同じキャストの皆さんが集結したことが何よりも嬉しく万感の思いでこの日を迎えました。
物語は、向井理さん演じる諸角康人の妻・彩花(水川あさみさん)と友人の坂夫婦(小松和重さん、青木さやかさん)の談笑シーンから始まる。坂夫婦の子どもが通う小学校が今度統廃合されることになり、新しい小学校は子どもの足で徒歩3~40分かかるのだという。近くの私立小学校に入学できればいいが「(うちの子どもは)学力もだけど、資金がね…」と坂の妻は苦笑し、スクールバスが必要だと熱弁している。ここは康人の工場の事務所兼応接スペース。部屋の中央にはソファーが置かれ、事務机と部品などの在庫棚、入口付近に康人の趣味のキャンプ用品やサーフボードなどが飾られている。そこへ組合長・衣川(田口トモロヲさん)が訪ねてきた。衣川は運転手(宍戸美和公さん)付きのリムジンに乗っており、この町の実力者である。その衣川が、康人を見込んで次の組合長にならないかと持ちかけてきた。いくらかの報酬も出ると聞いた彩花は息子(現在は幼稚園)を私立の小学校に入れることができるかもしれないと喜び、康人もまんざらでもないようすだったのだが、数日後衣川たちと出かけた狩猟で、獲物と間違えて衣川を撃ってしまう。幸い、衣川は軽傷だったようだが、坂を疑っているらしいと知った康人は自らの誤射を言い出せないままでいる。彩花にすべてを打ち明け「正直に話して謝ろう」と決意するが、いざ衣川を前にすると咄嗟に嘘をついてしまったのは彩花のほうだった…。
ここで潔く謝ってしまえば…と思わずにはいられないシーンだった。空の薬きょうを拾ったとして「誰が撃ったのかはわからない」と嘘を重ねてしまう康人に、観客の誰もが心のなかで声を上げていただろう。私たちの日常で“誤射”はそうそうあることではないが、なりゆきでごまかしてしまったりささいな嘘をついてしまったりすることはよくあることだ。でも、笑える嘘や誰かのためになる嘘でない限り、いつまでも後ろめたい気持ちがつきまとうもの。どれほど隠してもいつか必ずばれることを知っているから、良心の呵責に苛まれて、徐々に壊れていく康人を目の当たりにして心がヒリヒリした。康人が工場の後継者として東京から戻ってきて約20年。近所には居酒屋を営む兄がいるようだが、関係はあまり良好ではないようだ。古びた事務所に飾られているサーフボードは、この田舎町にどこかなじめない、東京に思いを残してきた康人のようにも感じられた。体験入社のような形で東京からやって来た白水(田村健太郎さん)は、淡々としていてつかみどころがない青年。この小さな町のコミュニティーで何かを諦めながら過ごしている康人とやりたいことを探すためにここに来たという白水。二人のやり取りのなかで康人が次第に苛立ちを露わにしていくのは、兄と同様、しがらみもなく自由に生きている白水に対してのやっかみなどもあったのだろうか。噛み合わない会話が対照的な二人を露呈しているようだった。
観客は、どこか釈然としない思いを抱えながらもすっかりこの町の一員になり、事のゆくえを見守っている。なぜ、衣川は警察に通報しなかったのだろうか。白水も「銃で撃たれて泣き寝入りって」と疑問を呈していた(彼は変わり者だと言われていたが、一番フラットなものの見方をする)。坂は「いろいろと面倒なんだよ」と言葉を濁しただけだったが、もしかしたら衣川は、狩猟に関することだけでなく、噂されている企業との癒着が発覚することを恐れていたのではないだろうか。もっと遡れば、康人を後任に推薦したのも、この町で少し浮いた存在だったことに目をつけたのかもしれない。裏事情を知り自分に非協力的な坂ではなく、細かいことを気にしない康人なら思うままにできると考えたのかも…と推測する。どのシーンも緻密に丁寧に練られていて、登場人物の会話や“間”から想像を膨らませていける余白にも面白さを感じた。きっと観る人の数だけの解釈があるのだろう。向井さんは、康人の内面を細やかに演じていた。外見のスマートさほど内面はクールではなく、不器用で葛藤しているようすが伝わってくる。次第に鬱積した感情をのみ込んだり爆発させたりする、その豹変ぶりに背筋がゾクゾクした。明るくて快活な彩花はまさに水川さんそのもので、華やかな笑顔もとぼけた仕草もとてもキュートだった。小松さん、田口さんの立ち回りはやっぱりうまいなぁと唸ってしまったし、個性的なキャラクターでステージに現れるだけで笑いが起こる宍戸さん、田口さんと青木さんの掛け合いなど笑える場面がふんだんに盛り込まれているのも魅力だった。
2年ほどの月日が経った最終幕。康人は組合長になり、息子は私立の小学校に入学、家族も増えるようすがうかがえる。一見幸せそうな風景に見えるが、市役所に行くという康人に、坂の妻はスクールバス運行の嘆願書を託し、彩花も(坂夫婦のために)しっかり市長に掛け合うよう念を押す。衣川はいまだに引継ぎと称して康人に同行し、口を挟んでいるようだ。坂は、人に言われるがままの康人を案じていた。組合長としての任務を逸脱しないかと。そしてこのタイミングで、誤射をしたのは康人だと気づいていたことが明かされる。ばれていないと思っていたのはやはり康人たちだけだったのだ。それでもなお嘘をつき通そうとするが取りつく島もなく立ち尽くす康人。正気を失い「みんなが(スクールバスを)望んでいます…。みんなが…」とうわごとを繰り返す姿は哀れで、「やっちゃん(康人)には脇道にそれてほしくない」という坂の言葉が胸に刺さる、やるせないラストシーンだった。物語はここで終幕したのだが(あまりにも切なくて)、この先、誤射も(衣川の)不正もすべて知っている坂が、康人のチカラになってくれるのではないかとささやかな希望を抱いてしまうのは、さすがに深読みしすぎだろうか(笑)。
カーテンコールではスタンディングオベーションとなり倉持さんも登壇。3年前の構想では次々と殺人事件が起こるサスペンス仕立てだったことが明かされ、会場はどよめきと笑いに包まれた。続いて向井さんは、観客に「まぁ、お座りください」とにっこりと着席を促し、倉持さんをはじめ「すごくいい人たちに出会えた」とこのチームを称えると、スタッフの方々へも感謝を伝え拍手を送った。水川さんは、3年前と同じキャストでできたことは奇跡だと言って「みんなが私を泣かせようとしてるー」と目を潤ませている。「お芝居に対する大きな気づきがあって、この先も忘れないような幸せな時間だった」という言葉が印象的だった。全員が一言ずつ挨拶をするリレー形式も微笑ましくて、最年少の田村さんの番ではみんなが嬉しそうに茶化していて可愛がられていることがうかがえた。「稽古中から楽しくて、ご褒美のような時間だった」と話していた青木さん。久しぶりに田村さんを相手に披露された「どこ見てんのよ!」に会場は大爆笑。締めを任された向井さんは「青木さんの一発ギャグをみるためにここまできたわけではないので…こんな形になって不本意ですけど(笑)」とみんなをさらに笑わせ「性格も全然違うけど芝居への向き合い方が共通していた」とチームの結束力や雰囲気の良さを語った。「これからどこかでまたこのメンバーを見かけたら、あたたかく見守ってやってください」と愛を感じさせる言葉で会場をほろりとさせ「大阪で無事に千穐楽を迎えることができて幸せです」と笑顔で締めくくった。キャストの皆さんが楽しそうにわちゃわちゃしながら、時折泣き笑いのような表情を見せる瞬間に、この作品への思いの強さと3年という月日がどれほど重くて待ち遠しい時間だったのかということが伝わってきてぐっときた。1日1日を重ねていくことの大切さ、そして今ここに生きていることは決して当たり前ではないということを胸に刻み2024年を過ごしていこうと思う。
shino muramoto●先日は映画『ほかげ』を観ました。終戦直後のある街で半焼けになった居酒屋で暮らす女、復員兵、戦争孤児、片腕を失った男の物語。戦争が人を狂わせすべてを奪っていくおそろしさと、終戦後も終わらない深い傷と心の闇。言い表せないほどのさまざまな感情が押し寄せてきて身も心も震えが止まらない。主演の趣里さんが素晴らしくて、体当たりの凄みある演技に圧倒されました。
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第38回「斉藤和義さんとツアー『202020』に想いを馳せて」
第37回「奇跡の歌声・Uru『オリオンブルー』が与えてくれるもの」
第36回「名手・四位洋文騎手引退によせて。」
第35回「2020年1月・想いのカケラたち」
第34回「藤井フミヤ “LIVE HOUSE TOUR 2019 KOOL HEAT BEAT”」
第33回「ドラマティックな世界観! King Gnuライブレポート」
第32回「自分らしくいられる場所」
第31回「吉岡里帆主演映画『見えない目撃者』。ノンストップ・スリラーを上回る面白さを体感!」
第30回「舞台『美しく青く』から見た役者、向井理の佇まい」
第29回「家入レオ “ 7th Live Tour 2019 ~Duo~ ”」
第28回「長いお別れ」
第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
第26回「石崎ひゅーいバンドワンマンTOUR 2019 “ゴールデンエイジ”」
第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」
[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”