先日、大阪・オリックス劇場で劇団☆新感線の『狐晴明九尾狩』を観劇しました。大千穐楽(11月11日)のこの日は実は二度目。一度目はとにかくいのうえ歌舞伎のアクティブな演出、大がかりな仕掛けに魅せられましたが、今回は、デティールにまで目を凝らし、作家・中島かずきさんの描く壮大な人間ドラマ、深い台詞を味わうことができました。「中村倫也が安倍晴明を演じたら」と主役に抜擢された中村倫也さんは、新感線には約5年ぶりの登場。中村さんといえば、某CMの怖がりで可愛い旦那さん役から元ヤン教師、クールな堅物役などどんな役もこなしてしまう才能豊かな俳優さんだと思っていたけれど、この作品でその想いはさらに更新。すっかり魅了されてしまいました。
[STORY]
ときは平安時代の中頃。貴族たちが雅な宮廷生活を送る京の都。
そこで宮廷陰陽師として仕える安倍晴明(あべのせいめい/中村倫也)。 人並み外れた陰陽道の才能ゆえに「人と狐の間に生まれた」と噂され、“狐晴明”と呼ばれている。
ある夜、九つの尾を持つ凶星が流れるのを見た彼は急いで参内する。 それは唐の滅亡以降、大陸を戦乱に陥れた九尾の妖狐が日の本に渡ってきた印であった。
しかし、宮廷からうとましく思われている彼は退けられ、九尾の妖狐退治は大陸で学問を修めて戻った陰陽師宗家の跡取り、賀茂利風(かものとしかぜ/向井理)に命じられる。
だが、すでに九尾の妖狐は利風を倒し、その身体を乗っ取り内裏に侵入していた。
それを見抜いた晴明は、九尾の妖狐を倒さんと動き出す。 しかし妖狐も利風の記憶や術を利用して、晴明の息の根を止めようとする。 晴明には大陸から妖狐を追ってきた狐霊のタオ(吉岡里帆)たちが加勢。 だが、タオとの因縁を逆手に取った妖狐の策略に翻弄されてしまう。 混沌とする戦いは逆転、また逆転の連続に……!
狩られるのは妖狐か、それとも晴明か。
術と頭脳、そして陰陽師の誇りを懸けた死闘が今、幕を開ける――!
(『狐晴明九尾狩』公式HPより)
妖艶な紫の装束でミステリアスな雰囲気を醸し出している中村倫也さん演じる安倍晴明。端正なお顔に舞台映えするメイクを施し、術を唱え印を結ぶ。その柔らかい物腰と美しい所作は、観客の視線を独り占めするにふさわしい凛とした姿で、時折、ふわっと風が吹き抜けるような爽やかさも兼ね備えている、とても美しい晴明でした。物語は、宮廷に不吉を知らせに行った晴明が、大陸から戻った利風と再会するシーンから始まり、ここに、幼なじみで陰陽師として切磋琢磨してきた利風の異変に気づく重要なキーワードが潜んでいました。「及ばずながらな」。晴明がそう言うと「頼む」とうなづいた利風に、一瞬晴明の動きが止まる。
…そして、そのあとの回想シーンで、利風に(宗家跡取りにふさわしい術を携えて大陸から戻るまで)この国を頼むと言われた晴明が、「及ばずながらな」と謙遜気味に言ったとき「そんな言葉、二度と言うな。お前らしくない」と利風がすごい剣幕で怒ったことを思い出したからだった。晴明は、なぜその言葉を口にしたのだろう。気の置けない利風へのユーモアのつもりだったのだろうか、それともかすかな違和感を覚えて利風を試したのだろうか。定かではないが、利風がすでに利風ではないことを確信した晴明の心中はどれほどつらかっただろうと想いを馳せる。ふと涙を流していることに気づき「そうか。泣いたのか、僕が」とつぶやく晴明から、二人の間柄が伝わってくる重要なシーンでした。そして、ここから晴明は利風のカラダと記憶を乗っ取った妖狐を封印するべく、利風との知恵比べが始まっていくのです。
利風/妖狐(パイフーシェン)には、『髑髏城の七人~Season風~』以来、新感線には二度目の出演となる向井理さん。「一度目で嫌われてなかったんだなとほっとした」と話していた向井さんだったけれど、「一見よさそうな顔をしているのに実はすごく悪い人」と中島さんのたっての希望で、今回はかなり難易度の高い悪役を熱演。長身に映える白の装束姿はただただ美しく、優しい利風から、利風の顔で微笑みながら妖狐が見え隠れするさまを、表情、声色の絶妙な匙加減で段階的に演じ分け表現していく。…悪役なのに憎み切れず情が入りまくってしまうのは、私が向井理ファンだからでしょうか(笑)。そして、オアシス的な存在になっていたのは新感線初登場の吉岡里帆さん。某CMのきつね役がすっかりおなじみで「狐歴は長い」里帆ちゃんだけれど、モフモフの尻尾でステージを走り回る体育会系の狐の霊タオは、いつものきつねとは違っていたのだそう(笑)。
ちょっとおバカで可愛いタオの弟ラン(早乙女友貴さん)、熱血漢の野武士役は筋肉美に魅せられた竜星涼さん、実直な検非違使に芸達者で存在感のある浅利陽介さん、強面でありながらモフモフ好きの陰陽師に千葉哲也さん…などなど多彩で豪華なメンバーの競演に、目がいくつあっても足りない! そうして、そんなゲスト俳優たちを新感線の高田聖子さんや粟根まことさんたちが、あうんの呼吸と奥行きのある豊かな演技でさらにステージを盛り上げていく。もちろん、新感線らしく笑いもたっぷり、とにかく楽しかった(右近健一さん演じる橘師師の登場は私の笑いのツボでした)。また、晴明が突然大声を出してキレるシーンには、茶目っ気たっぷりの可愛い晴明に会場中が癒やされたし、パイフーシェン(向井さん)がタオと付き合っていたという設定にはびっくり! 驚くラン(私たち観客も!)に「知らんかったんかいな?」と流暢な関西弁で話す向井さんはレアだったし、後半で凄みを利かせて「ばばあ!」と叫ぶ姿も見ものでした。
物語は、互いの動向を探りながら、相手が何を考えているか、二歩も三歩も先を,そして裏を読む頭脳戦を経て、ついに晴明と利風の直接対決へ。晴明が九字の呪文を唱えながら五芒星の印を斬ると利風は白煙のなかに消え…ついに封印したと思われたそのとき、さらにバージョンアップしたパイフーシェンが舞台上に勢いよく飛び上がってきた姿にはびっくり! 演じる向井さんのカラダが宙に浮いて、立ちのぼる妖気が見えるような想像以上の大迫力でした。記者会見でいのうえひでのりさんが仰っていた「(向井さんが)小林幸子さんになる」とはこのことだったのかと納得しました(いや、小林幸子さん以上でした)。そして、ここから、畳みかけるように、なぜ、パイは利風の顔をしているのか。なぜ、この国にわたってきたのかという理由が、晴明によって明かされました。
「お前がなぜ利風の顔をしているか。それは利風がお前にかけた呪い。僕にとっては印(しるし)。利風は僕にすべてを託してお前に喰われたんだ」。大陸で猛威を振るう妖狐に立ち向かった利風だったが、自分の手には負えないと、晴明ならばパイを倒すことができると信じて自ら食べられたというくだりと、パイが力尽きて倒れる直前に、一瞬利風に戻ったときの二人の表情。「ありがとう。私が願ったとおりだ。さすがだよ」と言った利風は涙なしには見られませんでした。最後には晴明から感情を奪って死んでいくパイ。妖狐のなかに、利風の記憶が見え隠れして…。利風は、誰からも愛される晴明がうらやましかったのかもしれない。孤独だったのかもしれない。そんなことを思って切なくなりました。ラストは、感情を無くした晴明が流れ星を見て涙を流していた。流れ星は利風の命の終わりを告げるものだったのだろうか、それとも晴明の涙だったのだろうか。「そうか、僕は泣いたのか」という言葉がいつまでも心に留まり続ける、悲しくも温かいラストシーンでした。
静かに押し寄せてくる感動の波と涙で会場中が一体になった割れんばかりの拍手に応えて、大千穐楽ということもあり、座長の中村さんからお礼の言葉がありました。たった今までステージで演じ、また約2か月にわたる主演の舞台を終えたばかりなのに、とっても自然でフラットな姿に少し驚いてしまったのは私だけでしょうか。ふわっとした柔らかいオーラをまとい和やかな佇まいで、自分のことは早々にいたずらっぽく微笑みながら、「いい、いい」と遠慮する向井さんと里帆ちゃんにマイクを向けた中村さんの嬉しそうな顔。観念した様子で話しはじめた向井さんだったけれど「これからも演劇の灯(ひ)をともさないように…」と言ってしまって大爆笑。中村さんはすかさず「灯を消さないようにでしょ。慣れないこと言うからー」とつっこみ、笑いが止まらない向井さん。一見クールに見えるけど、実はアツい…これはお二人の共通点かもしれないな。
向井さんの(ふだんはなかなか見ることのできない)おもしろさを人懐こい中村さんが引き出してくれたように思います。「おさむっち」「倫也」と呼び合うお二人の関係とお人柄が垣間見れた微笑ましい瞬間でした。と同時に、晴明と利風の二人も、きっとこんな和やかな時間を過ごしてきたんだろうなと重ねてしまってほろりとしてしまった。欲を言えば、無事に大陸から戻った利風が観たかったな。最後は利風に生き返ってほしかったと思わずにはいられませんでした(涙)。他者の存在によって、自分が輝かせてもらっていること、そして、他者の存在が自分をより豊かにしてくれていることを、このお二人を、そして作品を通して感じることができました。何度でも観たい! 心をがっしりと鷲掴みされた最高の作品です。
2021年もあと半月。まだまだ安心のできない日々が続きますが、今年も「虹のカケラがつながるとき」を読んでいただきありがとうございました。来年は、もう少しだけ、深呼吸がしやすい1年になりますように。よいお年をお迎えください。
shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。11月はライブが盛りだくさんでした。The Birthday、佐藤千亜妃ちゃん。よかったです! なかでも真心ブラザーズの京都・磔磔での弾き語りライブは、歌もセトリも最高で、YO-KINGと桜井さんのトークも絶好調! KINGは「知らんけど」の連発。そういえば、YUKIちゃんもライブで言ってました。「知らんけど」(笑)。関西人はほぼほぼみんなが何気なく口にしていますね(笑)。倉持家で流行ってるんでしょうか。お二人の様子が垣間見れたような気がしてちょっと嬉しくなりました。
【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
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第16回「恩返しと恩送り」
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第12回「幸せのカタチ」
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第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」
[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”