いよいよ7月になり、目前に迫った東京オリンピック。4度目の緊急事態宣言が出された東京で、オリンピックは開催される様子。いったいどうなっていくのでしょうか。

先日、兵庫県立芸術センターで『未練の幽霊と怪物―「挫波(ザハ)」「敦賀(つるが)」―』を観劇しました。夢幻能(むげんのう・この世のものではない亡霊、霊的な存在が登場する能)と呼ばれる能の形式に則って、チェルフィッチュ主宰の岡田利規氏が作・演出を手がけた二つの戯曲。新国立競技場のデザイン案に選ばれながら、白紙撤回された建築家ザハ・ハディド氏が題材の「挫波(ザハ)」、夢の原子炉とうたわれながら正式稼働することなく廃炉となった高速増殖炉「もんじゅ」が題材の「敦賀(つるが)」。ただただ素晴らしいの一言でした。

 
 
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建設中の新国立競技場を、ただならぬ雰囲気で見つめている男(シテ・森山未來さん)。建築家だというその男は、旅行客(ワキ・太田信吾さん)に、最初は「ザハ」という女性建築家の近未来的な流線型のデザイン案が選ばれていたこと、しかし、高額な建設費用等が非難の対象(彼は「悪意あるキャンペーン」と表現)となり、突然計画が白紙撤回されたことなどを語る(その後、ザハは病気で亡くなっている)。そのような騒動は過去のものとして忘れ去られ、何事もなかったかのように工事が続けられているその様子を、ただじっと見据え、憑りつかれたように言葉を紡ぎながら、一定の動作を繰り返す建築家。その一見奇妙にも見える独特の動きを通して、私たちも眼下に、工期に追われながら懸命に作業する大勢の建設作業員の姿が見えるようだった。

そして、後半部分では、ザハの幽霊に姿を変えた未來さんに息をのんだ。白い装束と泣き顔のような、何とも表現しがたい透明の面。その立ち姿は、憎悪というより哀しみのオーラを纏い、まさに幽霊そのものだった。ものを言えないザハの未練を、無念を吐露し、うたい、踊る。しなやかでほかに類を見ない、自在でアクロバティックな動き。時には物哀しく、時には怒りを表現して激しく舞う。装束のいくつも重ね合わせた白い布たちがワサワサとダイナミックに揺れ、また、そのひとつが頭をすっぽりと覆い隠して立ち上がったそのとき、弁慶が現れたのかと錯覚してしまった。敵の矢を受けて満身創痍の弁慶とザハが重なったような気がして、ぞくっとした。ザハの暴れる魂を、未來さんが慰め鎮めているようにも見え、ともに昇華していくさまが圧巻だった。森山未來という人の、ふわりとした佇まいと人を惹きつけて離さない存在感、豊かな表現力。指の先から足の先まで計算し尽くされているような動き、鍛え上げた筋肉、すべてが尊くて美しく、すっかり魅了された。

二曲目は、夢の原子炉として巨額を投じ建設された福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」。その後、ナトリウム漏洩、火災事故等により廃炉が決定した。今もその姿を留めているもんじゅの無念を、石橋静河さんが、情感のある、哀しみに満ちた声で語り、澄んだ瞳を涙で潤ませながら舞い踊る。何十回もくるくると回り続け、ぴたりと着地し、さらさらと言葉を紡ぐさまは見事で、はらはらとたゆたう淡いピンクのドレスが、疎まれながら立ち尽くすもんじゅの涙のようにも見えて、とても哀しく美しかった。(旅行者・栗原類さんの朴訥とした口調と長身のスタイルにも釘付けになった。)

この二つの戯曲に登場する片桐はいりさん(アイ)は、まさにおしゃべり好きな近所の人そのもの。ピーンと張り詰めた空気が、はいりさんが現れるだけで笑いが起こっていた。コミカルでチャーミングなはいりさんは救いだった(物語の詳細を説明するアイは、私たち観客にとっても理解を深めるための重要な役どころ)。また「謡手」の七尾旅人さんの唯一無二の声、音楽監督も務められている内橋和久さんたちが演奏するダクソフォンという楽器。得体の知れない生きものの叫び声のようにも聞こえる摩訶不思議な音色が、シテの森山未來さん、石橋静河さんの舞いと共鳴、融合し合ったときの高揚感には震えが止まらなかった。

幽霊と怪物の未練だけでなく、一度は中止を余儀なくされ、一年越しに上演が決定したこの作品に関わる人たちすべての未練・執念の炎が、めらめらと燃えていたような、凄まじい舞台だった。そして、私たちに問いかけてくるようだった。知らないこと(知ろうとしないこと)の恐ろしさと標的を定めて一斉に叩く風潮。また、机上の空論をふりかざし、長いものに巻かれて言い訳ばかりがはびこっている、この国は大丈夫だろうかと。まさにこんな日本に一石を投じる作品だった。

 
 

 
 
 


 
プロフィール用写真shino muramoto●京都市在住。現在は校閲をしたり文章を書いたり。先日はロームシアター京都でのYUKIちゃんのライブへ。すべての人を笑顔にして、大らかでたゆたうような包容力。そして、自分を褒める天才(YO-KINGと同じ)! まさにラスボス。この日は自分の性格の話をしていたYUKIちゃん。「改名しようかなぁ、YUKI(男気)に」って言った瞬間会場中が納得の爆笑でした。可愛くてかっこよくて、面白くて。いろんなYUKIちゃんを堪能して、多幸感たっぷりのライブでした。
 
 
 

【shino muramoto「虹のカケラがつながるとき」】
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第27回「The Birthday “VIVIAN KILLERS TOUR 2019”」
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第25回「中村 中 LIVE2019 箱庭 – NEW GAME -」
第24回「MANNISH BOYS TOUR 2019“Naked~裸の逃亡者~” 」
第23回「控えめに慎ましく」
第22回「藤井フミヤ “35 Years of Love” 35th ANNIVERSARY TOUR 2018」
第21回「かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-」
第20回「真心ブラザーズ『INNER VOICE』。幸せは自分のなかにある」
第19回「KAZUYOSHI SAITO 25th Anniversary Live 1993-2018 25<26~これからもヨロチクビーチク~」
第18回「君の膵臓をたべたい」
第17回「Toys Blood Music(斉藤和義 Live Report)」
第16回「恩返しと恩送り」
第15回「家族の風景」
第14回「三面鏡の女(中村 中 Live Report)」
第13回「それぞれの遠郷タワー(真心ブラザーズ/MOROHA Live Report)」
第12回「幸せのカタチ」
第11回「脈々と継承されるもの」
第10回「笑顔を見せて」
第9回「スターの品格(F-BLOOD Live Report)」
第8回「ありがとうを伝えるために(GRAPEVINE Live Report)」
第7回「想いを伝えるということ(中村 中 Store Live/髑髏上の七人)」
第6回「ひまわりのそよぐ場所~アベフトシさんを偲んで」
第5回「紡がれる想い『いつまた、君と~何日君再来』」
第4回「雨に歌えば(斉藤和義 Live Report)」
第3回「やわらかな日(GRAPEVINE Live Report)」
第2回「あこがれ(永い言い訳 / The Birthday)」
第1回「偶然は必然?」

[Live Report]
2017年1月27日@Zepp Tokyo MANNISH BOYS “麗しのフラスカ” TOUR 2016-2017
斉藤和義 Live Report 2016年6月5日@山口・防府公会堂 KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”
GRAPEVINE/Suchmos Live Report 2016年2月27日@梅田クラブクアトロ“SOMETHING SPECIAL Double Release Party”
斉藤和義 Live Report 2016年1月13日@びわ湖ホール KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2015-2016 “風の果てまで”