もう2ヶ月半もライブを生で観てない日が続いている。
音楽にまつわる仕事をはじめて20年くらいだけど、間違いなく初めてのことだと思う。たぶんこのサイトの主宰の上野さんもそうじゃないかな。
こんな日が来るとは思ってなかったよね。特に僕はここ数年ずっと「VIVA LA ROCK」のオフィシャルの速報レポートの仕事をしていて、なので本当だったらそろそろタイムテーブルを見ながらフェスに行くみんなと同じように「これを観るとこれが観れないのかあ」と頭を悩ませていたはずだった。まさかまとめて全部観れないとはね。
でも、自分としては、それなりに新しい状況に適応しているつもりでいる。イタリアで感染が広がった3月上旬くらいから「これはまずいことになるぞ」という予感もあって、できるだけ沢山の人が集まる場所には足を踏み入れていないようにしてきた。BAD HOPが横浜アリーナで、ナンバーガールがZEPP TOKYOで無観客ライブをやったのがその頃。3月中旬にはまだ打ち合わせやインタビューのために外出することもあったけれど、いよいよ全てをオンラインで行うようになったのが3月末頃。緊急事態宣言が出て、いよいよ日常が完全に切り替わったのが4月上旬。その後もそれなりに仕事はやれている。
そして、こういう事態になると、当然、いろんな動きが出てくる。アーティストたちによる無観客ライブ配信。ライブハウス支援のためのチャリティ企画。「#うたつなぎ」のようなSNSでの自発的な動き。社会現象的なムーブメントになった星野源の「うちで踊ろう」。レディ・ガガが呼びかけた大規模チャリティコンサートの「One World: Together At Home」や、☆Taku Takahashiが呼びかけCharaやKan Sanoが出演した「BLOCK.FESTIVAL」など、各所で行われるようになったオンラインフェス。「音楽を止めない!」という思いを持った音楽家たちの活動は様々な場所で起こっていて、メディアを通してそれを伝えるのが「音楽ジャーナリスト」の仕事であるから、普段の仕事に加えて、それをやれるだけやろうと思っていた。週末にはZOOMを使って旧友たちとオンライン飲み会をやったりもしていた。
新しい日常の中で、ある意味、いつもより忙しい日々を過ごしてもいた。
だからかもしれないけど、ふと、ハンブレッダーズの「ライブハウスで会おうぜ」という曲を聴いたとき、ちょっと泣いてしまった。心のどこかで喪失感を押しやっていたのかもしれない。
ハンブレッダーズは、2月にアルバム『ユースレスマシン』でメジャーデビューを果たしたばかりの大阪出身の3人組ロックバンド。4月からはデビューアルバムを引っさげて、アルバムタイトルに引っ掛けた「ハンブレッダーズ “この先の人生に必要がない”ワンマンツアー」を全国各地で開催する予定だった。けれど、それは全て中止となった。その状況を受け、急遽、4月20日に配信限定でリリースされたのがこの曲だ。
音楽や映画やマンガや、いろんな娯楽は「この先の人生に必要のないもの」かもしれないけれど、自分の心に魔法をかけてくれた。世界を変えてくれた。みんなだってそうでしょ? と歌うのが「ユースレスマシン」という曲だ。でも、そのレトリックは、感染拡大と共に世に広まった「不要不急」という現実の言葉に塗りつぶされてしまった。悔しさはあったろうと思う。
ハンブレッダーズが去年にリリースした「銀河高速」という曲もすごくよかった。デビューに至るまで会社員として働きながら音楽活動を続けてきた彼ら。バンドを続けるか思い悩む日々も沢山あったのだと思う。そういう日々の葛藤をそのまま綴って、それでも消えない情熱を歌うこの曲。バンドマンならみんな乗ったことのあるだろう、交代で機材車を運転して走る深夜の高速道路。それを「銀河鉄道の夜」ならぬ「銀河高速」に喩えている。《時代の波ならば HIP HOP イマドキ女子は皆 Tik Tok 未だに僕らはロックンロールとフォークソングをシンガロング》という歌詞がいい。
バンドを率いるムツムロアキラは、自分の弱さと、そんな自分を救ってくれたカルチャーへの愛をとても生々しい筆致で綴るソングライターで、だからこそ、どこまでもストレートな「ライブハウスで会おうぜ」という曲が生まれたのだと思う。
《死ぬ間際の走馬灯に なりそうな夜がいくつも重なった》という歌詞が特にグッとくる。サビで歌われる《僕ら孤独になって 見えない手を繋ぐのさ》とか《涙を流したって ここじゃきっとバレないさ》という言葉にもすごく感じ入ってしまう。ライブハウスは決して「みんなが一つに」なるためだけの空間じゃなくて、「一人が一人のままで重なり合う」ための場所であることを射抜いている。
この先、ライブハウスはどうなっていくんだろう。
札幌のColonyや京都のVoxhallのように、すでに4月末での閉店を発表したベニューも出てきている。クラウドファンディングもたくさん行われているし、自分自身もいくつか支援はしたけれど、この状況が続くならば、正直、資金繰りはどこも厳しくなっていくだろう。この先長期間にわたってライブエンターテイメント業界全体が大きな打撃を受けることは必至で、資本の体力のないところから持ち堪えることができなくなっていく未来予想図が思い浮かぶ。
4月6日、七尾旅人が「今夜、世界中のベニューで(Who’s singing)」という曲を発表した。
http://tavito.net/blog/202004whos-singing.php
アコースティックギターの弾き語りで、《世界中のベニューで 音楽が鳴り止んで 静けさに 耐えかねて ベランダで誰か 歌った》と歌うこの曲。すごく心に染みる。七尾旅人は2001年の9・11同時多発テロのときも、2011年の東日本大震災と原発事故のときも、これまでも何度も“有事”に応じた歌を紡いできた歌い手だ。「歴史的な事件や、史実についての物語を広め伝えるために歌を歌った」という中世の吟遊詩人のようなことを今の時代に本能的にやっているミュージシャンで、だからこそ、その声とメロディには強い説得力が宿っている。
4月12日に開催されたオンラインフェス『新生音楽(シンライブ) MUSIC AT HOME』では、七尾旅人は、自宅から愛犬をオーディエンスにこの曲を弾き語った。
無観客ライブならぬ「犬観客ライブ」。お行儀よく座って見上げて聴き入る愛犬の姿がとても可愛い。
「コロナが落ち着いたら〜」と、みんな言う。
いつになるかはわからない。事態が収束する日はいずれやってくる。でもそれはひょっとしたら相当先のことになるかもしれない。そしてCOVID-19の感染が起こる仕組みを考えるに、ライブハウスを安全に運営できる見通しが立つのは、いろんな経済活動が再開した最後のほうになるような予感もする。
僕は犬を飼っているのでドッグランによく行ったりペットと泊まれるホテルに旅行したりしていたのだけれど、そういう場所では入り口で狂犬病予防注射やワクチン接種済の証明書の提示を求められることが多い。COVID-19のワクチンが開発されて行き渡ったら、あんな感じで、いわゆる新型インフルエンザも含めて自分が人に感染させないことを証明することが、ライブハウスやクラブやホールやスタジアムなど多数の人が集まる場所で必要になるんだろうな、という気もしている。
ビジネスとか産業という意味では、正直、見通しはすごく暗い。でも、ライブハウス文化の灯火が消えるような予感は全然ない。心は折れていないから。
いろんな人が「とにかく健康には気をつけて、互いに支え合って、この難局を乗り切って、またライブハウスで会おう」と心に誓っている。
僕もそう思う。この先も沢山の「死ぬ間際の走馬灯になりそうな夜」を、重ねていきたい。
柴 那典/しば・とものり●1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」、雑誌「CONTINUE」にて「アニメ×ロック列伝」、BOOKBANGにて「平成ヒット曲史」、CINRAにてダイノジ大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。
ブログ「日々の音色とことば」http://shiba710.hateblo.jp/
Twitter:@shiba710