人生にいくつかのターニングポイントがあるのだとしたら、私にとって、今、ここが間違いなくそう。よくあとから振り返った時にわかるというけれど、今だとはっきりわかる。それは何年もあたためてきた想いとともにようやくスタートラインに立てること。これからめまぐるしく過ごすことになるであろう、憧れの日々に想いを寄せながら、今は目の前にある慣れ親しんだ日々を慈しみ愛おしみながら過ごしています。
そんななか、4月13日に東京・新宿FACEで観た中村 中(なかむら あたる)さんのLIVE2018「三面鏡の女」。これはシンガーソングライターとしての“歌い手”の顔、楽曲を提供する“作り手”としての顔、そして役者として演劇界で高い評価を得ている“演じ手”の3つの顔を併せ持つ中さんが、3日間にわたり縁のある3人のミュージシャンをそれぞれ“遊び手”に迎えてその日限りのセッションをするという貴重なライブ。余談ですが、ここ新宿FACEは以前はリキッドルームというライブハウスだったのだそうです。実は私が初めて斉藤和義さんのライブを観た場所。当日券を求めて階段に並んだこと、それはとても長い行列で和義さんの人気を予感させるものだったこと。そんな20数年前のことを思い出し感慨深いものがありました。
そうして、ギターとキーボードが置かれたシンプルなステージに現れた中さんは、白のTシャツ姿で色味を抑えた素顔風メイクを施し凛々しくマニッシュなイメージ。いつも観るたびに印象が違う中さんだけど毎回ドキドキさせられる、そして発する言葉や所作一つひとつが優雅で美しいのです。オープニングは「かくれんぼ」。アコースティック・ギターと抒情的なメロディーに、静寂に包まれたハコ(新宿FACE)ごとすべて、中村 中の世界に惹き込まれていく。続いて演奏された「裸電球」も艶やかな歌声に聴き惚れて浸る。また普段のライブでは聴くことのできない、舞台の劇中歌や大竹しのぶさんに提供された「天使じゃないけれど」、中孝介さんに提供された「遺書の書き方」は胸に迫るものがありました。中さんのライブは初めて観に来られた方も何度も観に来られている方も楽しめるようにという中さんの心遣いを随所に感じます。たとえばそれは自己紹介であったり楽曲に込められた想いを語る場面であったり。心の奥の想いと言葉を丁寧にすり合わせ、確かめながら言葉を紡いでいく。中さんに惹かれるのは楽曲の素晴らしさだけでなく、そういった心意気のようなものも大きいと思うのです。
この日のMCで「私のファンの方は一匹狼が多い」のだとおっしゃっていました(私もそうかもしれません笑)。ご自身もそうで人見知りなので、慣れない人と会うと自分らしくなくなってはずかしいのだそう。でも、はずかしいというのもその人が引き出してくれた顔。案外相手の方もドキドキしているのかもしれないし、変化していくためには新しい出会いはなくてはならないもの。
そして、一人ではできないことを引き出してくれるのがゲストミュージシャンなのだと迎えられたこの日の“遊び手”はギタリストの真壁陽平さん。中さんのツアーやレコーディングでおなじみの真壁さんとあって、会場は大歓声。さっそく「リンゴ売り」のギターが鳴らされると空気が一瞬で変わったような気がしました。真壁さんは中さんのイメージする音、誰にも出せないような音を即座に出してくれるのだそう。チェロの弓を使って弾くプレイや一癖や二癖どころではない、今まで触れたことのないようなギターの音色にはトリハダが立ちました。真壁さんのギターは決して出しゃばらない。でもちょっとアブノーマルな要素も垣間見えるその音色は、耳を澄ませてその音の行方を追いかけたくなる中毒性を持っている。アコギで聴きたかった「友達の詩」。何度聴いても言葉にならない想いに心が張り裂けそうになる曲で、アコースティックバージョンはより深く琴線に触れ、拍手をすることも忘れるほど素晴らしかった。また妖艶な笑みをたたえ毒を吐く「独白」はすべてのしがらみから解き放たれたかのような曲者たるギターセッションが圧巻!まるで魂と魂の交換のような、神々しくも鬼気迫る光景を目の当たりにして会場も大盛り上がりでした。まさにかっこよさの極み。そして真壁さんが去り、先ほどの余韻が残っているステージで、中さんが深呼吸をして心を鎮めて歌い始めたのは「死ぬなよ、友よ」。細胞の隅々にまで沁みわたっていくような、あたたかくて抱きしめられているような感覚ととてつもないエネルギーが放たれているのが見えたような気がして、この曲を聴いてほしかったと、生きていてほしかったと浮かぶ顔に涙が止まらなかった。私にとってのクライマックスはここだったのかもしれません。この日の中さんは神懸かっていたように思いました。
そして、恒例の「残業」コール(アンコールのこと。残って働きなさいとの意味だそう。)に応えてくれた中さん。「今日はいろいろな顔をお見せしましたけど、人に見られているときの自分の顔がいいですね」と最後に緊張がほどけたのかやわらかい表情で微笑んでくれた顔がとても素敵でした。
この日、中さんが私たちに見せてくれたさまざまな顔。3つどころか、4つ5つ…さまざまな表情に魅了されたことは言うまでもありません。歌い手であり、作り手であり、演じ手であり、表現者である中さん。中さんの潔さや凛とした美しさはこれからも私たちの背中を押し続けてくれるのだと思います。
shino muramoto●京都市在住。雑誌編集・放送局広報を経て、現在は校正士、時々物書き。先日、私が競馬を観るきっかけになった大好きな馬・スペシャルウィークが亡くなりました。日本ダービーを勝ち武豊騎手をダービージョッキーにした馬。凛々しい流星がかっこいいイケメンホースでした。この馬がいたからこそ、もっと競馬を知りたいと思ったんだったとしばらく放心状態。ありがとう、スペシャルウィーク。どうか安らかに。