先月、とある取材のために名古屋へ行った時のこと。
その際に立ち会っていた編集者に「時間があるなら行ってみるといい」と勧められたのが、豊田市美術館で現在も開催中の、奈良美智氏の美術展だった。
今回は、そこで出会った強い眼差しが教えてくれたことについて。
■熱視線の心得~奈良美智 for better or worseに寄せて~
確かにその強い眼差しの絵には、見覚えがあった。
けれど、それが奈良美智という芸術家による作品だと認識したのは、この時が初めてで。彼の人となりはおろか、音楽との密接な関わりでさえも、美術展の詳細を調べる過程で知ったほど。そして色々な情報を得ていくうちに、もっとあの眼差しを見ていたいという気持ちが自分の中でふつふつと湧き起こり、気の向くまま電車に乗り込んだ。
美術館のある豊田市までは、名古屋から約1時間。ビレッジマンズストアの「WENDY」にも登場する鶴舞線に乗り、ちょっとした遠足気分で向かう。車窓の風景は、どんどん長閑になり、こんな大自然の中に本当に美術館があるのだろうか……と心配になったところで、再び街の景色が顔を出す。すると程なくして豊田市駅に到着した。
道案内に従って坂を上ってゆくと、小高い丘のてっぺんに豊田市美術館はあった。奈良氏はこの美術展を“遅すぎる卒業制作”だと言う。それは彼の母校がこの美術館からほど近い場所にある愛知県立芸術大学の卒業生であり、今回の美術展はその大学院を卒業した年から現在に至るまでの作品を展示したものであるからだ。
展示はまず、奈良氏のルーツをたどるところから始まる。本やスクラップブック、そして何より壮観だったのが、壁一面に飾られたレコードの数々。The BeatlesにThe Beach BoysにT.Rex……これらのレコードはパンク好きの奈良氏が、パンクに出会うまでの高校時代に聴いていたものであることが、直筆でコメントされていた。すると隣に小さい男の子を連れたお母さんが、このコメントを読み上げ「パンクってわかる?うちで聴いてるのだよ」と一言。その言葉を聴いた男の子は、納得した様子できょろきょろとレコードたちを見上げていた。全てを覚えていられる訳ではないけれど、子供の頃に触れたカルチャーは、大人になっても親しみを覚えるもの。もし自分が親になった時には、音楽は勿論、子供にはたくさんのカルチャーに触れて欲しいと思う瞬間だった。(そして願わくば革ジャンの似合う子になってほしい!)改めて周りを見回すと、どことなく美術館よりはライヴハウスが似合うような雰囲気の来場者が目立つ。bloodthirsty butchersのCDジャケットを奈良氏の作品が飾り、絵のタイトルがそのままアルバムタイトルになったことで彼の作品を知った者も少なくはないだろう。彼の創作は常に音楽と共にあり、そこに共鳴する人々が集った結果、ライヴハウスのような美術展空間が生まれたのだろう。
ルーツをたどり終えると、奈良氏による絵画作品の展示が始まる。そのほとんどが、一枚のキャンパスに一人の子供を描いたものだ。子供たちは皆、大きな目で、じっと一点を見つめている。怒り、祈り、決意、慈愛……あるいはその全てが、眼差しに込められているのだろう。その視線を前にしていたら、自分の感情を覆っていたものが剥がれ落ちてゆく感覚に襲われた。視線を据えられるということは、意志を持って見るものを選び、そこにちゃんと向き合うということなのだ、と思い知らされた。そこに揺らぎがあったり、迷いがあったりすると、逃げ道を探して視線を定めることができないのだ。何かと真剣に向き合おうと思ったら、それを真っ直ぐ見つめるだけの芯を自分の中に持たなくてはならない。そんな大切な当たり前を、キャンパスの子供たちは教えてくれた。
そして最後に、この美術展のタイトルに触れたい。
“for better or worse”とは「良い時も、悪い時も」を意味する。しかしこの言葉、実は結婚式の誓いの言葉の一節「病める時も、健やかなる時も」でもあるのだ。このタイトルについて、奈良氏はこんなコメントを寄せている。
「昔を振り返ってみると、誓い合った夫婦のように自分は良き時も悪しき時もやってきたな、まだ別れてないな。30年ってちょっとかもしれないけれど、制作は常にそばにありました」(Casa BRUTUS.comより)
この言葉を読んでハッとした。果たして自分は何か壁にぶち当たった時、それを乗り越える努力を本当にしてきただろうか、と。悪い状況になると「どうせ」と卑屈になったり悲しんだりするばかりで、どうしたら状況が好転するか考えることを放棄していたように思う。原因に向き合って解決する手立てを探さないのなら、それはもう自ら終わらせたも同然だ。悲しむ権利も落ち込む権利もありゃしない。
色々と未熟さを痛感していたタイミングで、この美術展に行き、そしてこの言葉を読むことができたことは、不幸中の幸いだったと思う。ひとつの音楽が、ひとつの絵画が、人の人生を変えてしまうことは、少なくない。だからこそ、それらを文字にする際には相応の心得が必要なのだと、改めて感じた一日だった。
■monthly Rock ‘n’ Roll vol.6 ― フラワーカンパニーズ 「ハイエース」
メンバー全員が酉年のフラカン。4回目の年男となった今年、新レーベル“チキン・スキン・レコード”を設立し、アルバム『ROLL ON 48』をリリースした。その中の1曲「ハイエース」は、名曲「深夜高速」にも迫るドラマを持つ名曲だ。往生際の悪さを肯定し、しがみついたっていいじゃないかと笑ってくれる。そんなフラカンならではの応援歌。その生き様から彼らはいつしか、リスナーのためだけでなく、バンドマンのためのバンドにもなっていったのだった。このMVにもBRAHMAN、四星球、THE BOYS&GIRLSといったバンドが登場しているが、LOST IN TIMEの海北はTwitterでこのように呟いている。“圭介さん。この歌は、この歌詞は、僕にとって救いでも呪いでもあるよ”。個人的には〈最近じゃ続ける事だけが目標になってる 簡単にできるんなら目標になんかしない〉という歌詞が、上のコラムに書いた心情とリンクして胸が詰まった。しんどくなったら、やっぱりフラカン。
イシハラマイ●会社員兼音楽ライター。「音小屋」卒。鹿野淳氏、柴那典氏に師事。守りたいのはロックンロールとロン毛。2016年11月号より『音楽と人』レビュー陣に加わる。豊田市美術館を堪能したあとは大須へ。大好きな古着屋the otherさんにてお買い物。今回はワンピース2点とコートを入手。ちなみにこのアイコンで来ているのもthe otherさんのお洋服です。