■『茄子の輝き』滝口悠生著 新潮社


 
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また、8月15日が来た。うだるような暑さ、なりやまない蝉の声。
TVをつけると、甲子園のサイレンが聞こえてくる。そして、黙祷する。
ある年の8月15日、大好きで大切な友人が亡くなった。この日が来る度に彼女と過ごした記憶が蘇ってくる。
彼女と私は書店員で文芸書の担当をしていた。歳もひとつしか変わらなくて、初めて会った時からぴたりと気が合った。
お互い仕事柄、新刊が出る前にゲラが出版社から送られてきていた。
どこが面白かったとか、これは売れる!だとか夜な夜な電話しあった。
彼女が生きていてくれていたら、『「茄子の輝き」読んだ?絶対好きなやつだよ!』って一番に伝えたい。
 
主人公「市瀬」は、20代半ばだった2008年の正月に離婚する。
なぜ離婚したのか?その原因については、自分でもはっきりわからない。
震災、失業など色々なショックなことがありながらも再生していく一人の男の物語が描かれいる。
 
繰り返し、どうして離婚したのか、妻が出て行ったのかわからないと主人公は言う。
結局、読んでいてもはっきりと原因がわかならなかった。
仕事や趣味など没頭しているものも無い。
友人もいない。読書というのは主人公の姿を想像しながら、
書かれているプロフィールを積み上げていくものだ。
想像力の調子が良ければ、ドラマ化のキャスティングもしてしまうのだが全くできない。
ぼーっとした輪郭しか思い浮かばなかった。
 
けれど、それがいい! 読後、深い感動なども無いけれど、
流れるような文章がとても心地が良い。もっともっとこの作家の文章を味わいたい。
決して恋心ではないと同僚に否定し続けるけれども、
気になって気になってしょうがない後輩の「千絵ちゃん」。
千絵ちゃんから突然かかってくる電話のシーンは何度も読んだ。
もう、いまの時代2時間も長電話することはない。
昔、好きな人と中身のない電話していたなぁ。
伝えたい核心の言葉など一言もお互い言えなくて。
そんな、みずみずしく素敵な時間の記憶を思い出した。
 
覚えていること、忘れてしまったことをめぐる物語
 
と書誌データには表記されている。
これから先、主人公と同じように自分にどのような別れや傷つくことが起こるだろう。
その辛い思い出を私はどのように記憶して、傷つきすぎないで忘れていくことが
できるのだろうか。
 
夏の終わりに、次作も読みたいと思う愛しい作家に久々に出会えた。
 
 
 
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淡路島、慶野松原の夕日。何度見ても綺麗すぎて、うっとりします。

 
 
 
 
 


 
uemura上村祐子●1979年東京都品川区生まれ。元書店員。2016年、結婚を機に兵庫県淡路島玉ねぎ畑の真ん中に移住。「やすらぎの郷」と「バチェラー・ジャパン」に夢中。はじめまして、風光る4月より連載を担当させて頂くことになりました。文章を書くのは久々でドキドキしています。淡路島の暮らしにも慣れてきて、何か始めたいと思っていた矢先に上野三樹さんよりお話を頂いて嬉しい限りです。私が、東京で書店員としてキラキラしていた時代、三樹さんに出会いました。お会いしていたのはほぼ夜中だったwと思いますが、今では、朝ドラの感想をツイッターで語り合う仲です。結婚し、中年になりましたがキラキラした書評を青臭い感じで書いていこうと思っています。